1998

あの星はバーガーショップのウエイトレス

 地球で言えば、ブラジルへ行くのと同じ感覚だろう。もちろんそれは、時間的なことだけだが。
 修士論文のためとはいえ、《ネオアース》で二年も暮らす覚悟を決めるのは容易ではなかった。移民が始まって二十年、第二の地球には三億人の人々が暮らしている。担当教授の甥御さんが研究施設を兼ねた農場を経営されていて、そこへ厄介になることになっていた。
 二カーゴ分の荷物は、先に農場へ届いているはずだ。身の回り品の入ったリュックを担いで、僕はシャトルを降りた。
《エクスドライブ》は、話に聞いていたほど不快ではなかった。とても百光年以上を旅してきたとは思えないくらい、気分は快適だ。ここがまるで地球のどこかのような気さえしてくる。それほどに、見上げた空はどこまでも青く澄み渡っている。
 正直なところ、少し物足りない感じはある。地球を離れて生活するということは、どこか不便なものであり、なにかしら我慢を要求されるものであった。それは酸素であったり、重力であったり、危険さであったり、しかしそういう点が、却って宇宙生活の実感を与えてくれるのだが、こうまで地球そっくりだと、どこか拍子抜けしているような気がしてならない。
 見たことのないエイリアンでもいれば、満足するのだろうが。
「葛城さん、ですか?」
 到着ロビーに出てすぐ、出迎えの人込みから名を呼ばれた。僕は、その見知らぬ少女を見つめていた。
「あのー、パパの代わりに来ました。手が離せないから代わりに迎えに行ってこいって。ジェニーが急に産気づいちゃって、あ、ジェニーって牛なんですけど、あたしはリエコって言います。車、あっちですから、あ、荷物持ちます」
 久しぶりに聞いた流暢な日本語に圧倒されながら、小さなレディに荷物を持たせることだけはなんとか避けられた。
「地球ってどんなところですか、一度行ってみたいな」
 彼女の慣れたハンドルさばきで、フォードのピックアップは未舗装の一本道を走っていた。
「あたし、海が見てみたいんです」
 僕は、彼女のそのセリフが少し嬉しかった。地球を離れたという実感が、ようやく沸いてきたというものだ。
 走りだしてからまだそんなに時間は経っていないが、いつのまにか陽が落ちて、辺りは暗くなっていた。夕焼けがないというのも、かなり物足りない。
「あと、どれくらい?」
「もうすぐです。あの踏切を越えたら、あーっ!」
 僕は、その声に驚いて彼女を見た。
「やだー、踏切が・・・」
 前を見ると、遮断機のゲートがゆっくり下りていった。
「ここの貨物列車長いんですよ、もっと飛ばせばよかった」
「長いって?」
「一時間」
 地球との時間法の違いや、上下の列車がここで擦れ違うことなどを差し引いても、三十分は待たなければならなかった。
「待つしかないか・・・」
 彼女が車のモーターを止めたので、僕は車を降りた。ひんやりとした空気が気持ちいい。草原を渡る風が、久しく忘れていた緑の匂いを運んできた。薄らと辺りを照らしている月は、地球より少し小さいようだった。僕は、夜空を眺めた。
「あ、そうか・・・」
 よく考えてみれば当たり前のことだ。地球から百光年も離れているんだから、知っている星座が見つからないのは当然だ。夜空を指でなぞっていると、彼女が不思議そうに声をかけてきた。
「星座をつくろうと思ってね」
 彼女は、僕の隣にやってくると、得意そうに説明し始めた。
「あれがアポロ座で、隣がシャトル座、沈みかけてるのが子猫座でしょう、大きい星が三つ並んでるのは、なんだっけ・・・、あ、自由の女神座だ」
 新鮮な星座の名前に、僕はいちいち感心した。
「宇宙飛行士が決めたんだって。あっちがね、キャサリン座、ドロシー座、チアキ座、ヴィヴィアン座・・・」
「ち、ちょっと待って、それみんな女性の名前じゃない」
「うん、その宇宙飛行士さんの奥さんの名前」
 星座の命名権くらいは、困難なミッションを遂行したアストロノーツに譲ってもいいだろうが、地球の古代人が良心的でよかったと僕は思った。その気持ちはわからないわけでもない。自分の名前が星座になれば、どんな女性でも嬉しいだろうし、片思いの恋だってきっと実ることだろう。
「で、一番端っこが、バーガーショップのウエイトレス座」
「・・・あ、そう」
 僕は、その恋がどうなったのか知りたくなった。
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