1997
n(ナノ)の記憶
つまりは、不良品ということだ。AKW0021は、このシャトルの行き先を知らされていない。知ったところでどうなるものでもなかった。行き先はわかっている。ミッドランドコロニーの外れ、司法省総合庁舎第二別棟、通称“スローターハウス”。
宇宙へ上がったのはどれくらいぶりだろうか。どうも地に足が着いていないと落ち着かない性分で、今でも胸の奥がもやもやしている。そういった遺伝的な劣性情報があることも、処分理由の一つかもしれない。
それにしても、まるで貨物扱いである。ウエストランドコロニーのデオライト製造工場で昼飯を食っていたときに、訳も聞かされずに外へ連れ出され、あちこち役所を引きずり回された挙げ句に、髭もじゃの神父みたいなじいさんから処分を言い渡され、小さな箱に入れられて気がつけばこのざまだ。
凶悪犯罪者でもこうはされない。彼らはまだ人間扱いをされる。ということは、犯罪者より質が悪いということになる。
だから、処分される。
昔、大きな戦争があった。
剥き出しの欲望は炎となって世界中を焼き尽くし、地球は壊滅した。宇宙で生活していた人間だけが、辛うじて生き残った。彼らの考えたことは、人類の種としての存続を第一に、優良種の生命体を後世に残すことだった。
そして、人間の品種管理が徹底された。低能な旧属人類では、また同じ悲劇を繰り返すだけである。
検査は五年に一度、全人類を対象にして行なわれる。AKW0021は、検査に引っ掛かった不良品だった。なるほど、神父みたいな格好でそんな事を言われれば、不思議と納得させられるものだ。
一つ不平を言うなら、もっと早く悪いところを見つけて欲しかった。それなら、もっと訳のわからないまま、神父みたいなじいさんに説教されても全然訳のわからないままで、この処分を受けることができる。そのほうがどれだけ楽か。涙は出ないが、不良品でも悲しみは感じているのだ。
今更何を考えてもどうすることもできない。シャトルがスローターハウスに到着すれば、すぐにでも処分されるだろう。どうやって処分されるのか、少し楽しみになってきた。
ミックは大丈夫だろうか。職場から連行されたときの心配そうな顔を思い出した。五人いる弟の一人だ。他に兄が三人、姉が四人、妹が二人いる。もうみんなそれぞれ独立して生活しているが、ミックとは同じ職場で働いていた。
小さい頃から、ミックとは仲が良かった。兄弟姉妹といっても、ジェネレーションは同じだ。登録された順から便宜的に付けたに過ぎない。ミックとはタイプが合うらしく、学校の成績も似たような感じで、性格もどことなく似ているところがあった。
同じ職場で働きたいと言ったのは、ミックだった。その気になれば、もっと上級職に付けるくらいミックのほうが優れていたが、ミックはそう言った。
嬉しかった。初めて父親に褒められたときと同じくらい、嬉しかった。
もう会えないとわかったら、ミックは悲しんでくれるだろうか。それとも、不良品の兄のことなど忘れて、仕事に熱中するだろうか。
ミックには、自分のことだけを考えて欲しい。早く出来損ないの兄のことなど忘れて、ほんの少しだけ悲しんでくれれば、それでいい。
遠くで咳払いが聞こえた。他に誰かいるようだ。不良品が他にもあるということなのか。AKW0021は、そう考えると不思議に気が楽になった。現金なものだ。
「おーい、誰かいるのかー」
檻の細いスリットに口を当てて呼んでみた。耳を澄ませたが、聞こえるのは自分の吐息だけだ。
「おーい」
空耳だったのだろうか。これだから不良品なのかもしれない。また気が重くなった。
一体今までどれくらいの人間が、不良品が処分されてきたのだろう。正直、自分がこうなるまで知らなかった。政府が種の保存という名目で、このような処置を行なってきたことを。
しょうがないのか、とAKW0021は自分に問い掛けた。そう言えば、クリス・フェイセルという名前より、AKW0021というIDナンバーで呼ばれることが多い。IDナンバー・・・、製造番号・・・。
そういうことなのか、とクリス・フェイセルは思った。どうせ死ぬなら、不良品でも人間として死にたいと思った。
また咳払いが聞こえた。もう空耳なんかじゃない。
「おーい、誰かそこにいるんだろう?」
クリスは、細いスリットを目一杯覗きこんだ。薄暗いケージキャビンには、檻がもう一つあった。その檻のスロットはこちらを向いていた。
「話すのが嫌ならさ・・・」クリスは、スリットから指を出して動かした。「そこにいることだけでも知らせてくれよ。頼むからさ」
だんだん泣きが入ってきて、ちょっと情けなくなってしまったが、その甲斐はあった。向こうの檻のスリットから、細い指が二本出てきた。その爪先は細く赤かった。
「・・・女性かい?」
二本の指は返事に困っているようだ。
「あ、そうか、・・・じゃ、イエスなら指上向けて。ノーなら下」
指は上を向いた。
「君も、不良品なのかい?」
指は、しばらくして上を向いた。
「そうか・・・。それは残念だけど、でも心強いよ。一人で処分されるのは寂しいからね」
指は、何度も上を向いた。クリスは、スリットにぴったり張り付いて見ている。
「ねえ、名前教えてくれない?」
指は、スリットを掴むように鈎状に曲がっている。
「適当なアルファベットを言うからさ、それより上か下かで答えてよ。いい?、じゃあMから」
スリットから指が引っ込んだ。
「ごめんなさい、もう疲れたわ」
それは、甘く気だるい女性の声だった。
「名前はリアン。リアン・スタグマイヤー」
「ぼ、僕は、クリス・フェイセル」
「ちゃんと喋れるわ。ごめんなさいね、なんだかからかったみたいで」
「い、いや、別に、いいんだ」
クリスは、会話の主導権を奪われたことに気づいた。自分でも予想外の展開に驚いている。
「クリスって呼んでいいかしら?」
「あ、ああ、いいよ」
「ねえクリス、あんた何やったの?」
「何って?」
「なんかやったから処分されるんでしょ?」
「い、いや別に、僕は何もしてないよ」
「じゃなんでこんなとこにいるわけ?」
「・・・不良品なんだ」
「あ、そうなの」
顔の見えない会話が、こんなに緊張するものだとは知らなかった。
「・・・ま、あたしもそうなんだけどね」
「リアンは、じゃ、なんかやったの?」
「あたしね、すぐ嘘ついちゃうの。あんまり嘘つくんで、公安に捕まっちゃって」
「そ、それだけで?」
「あなたがそんなに驚くこともないでしょ?」
それもそうだ。クリスのほうが理由としては理不尽だ。
「ま、一緒に死ぬのも何かの縁だから、仲よくしましょうね」
「・・・そうだね」
静かになったのは、話が途切れたわけではなかった。ドアロックを解除する音が聞こえてきた。看守が会話を聞き付けてやってきたのだ。
「・・・やばい」
看守は、ゆったりした間隔で足音を近づかせてきた。
「あんまり、喋らんほうがいいぞ」
それは忠告というより、独り言のように聞こえた。クリスは、スリットから看守の姿を覗いた。
「お前らが喋るから、わしはここにいなくちゃならん」
姿はよく見えないが、かなり歳老いた感じのする看守だった。どこかに座ったらしく、足音が途絶えて大きな溜息が聞こえた。
「ねえ、看守さん、そんなカタイこと言わないで」
「静かにしろ、えー、PZC0129」
恐ろしく義理的な口調で、看守はリアンに注意した。
「なにそれ、やる気あんの?」
「・・・なあ、頼むから大人しくしてくれんか。わしも上からいろいろ言われてるんだよ」
「知らないわよ、そんなこと」
「ねえ、看守さん」クリスは、スリットから指を出して手招きした。「ここから、出してくれないかな」
「む、む、無茶を言うなよ。そんなことできるわけがなかろうが」
「別に他に誰か見てるわけじゃないんでしょ?」
「どうあがいたって、僕らにはもう何もできないんだからさ」
「最後くらい好きにさせてよ、ね?」
看守は、何やら呟いている。しばらく沈黙が続いて、看守はケージキャビンを出ていった。
「出ていったの?」
「みたいだね」
「あーあ、あたしもう息が詰まりそうよ」
もののついでに言ってみただけで、クリスはどっちでもよかった。ここから出られるならそれでよし、出られないならそれもよし。リアンのせいで、少し気が大きくなっていたのは確かだ。
程なく、看守がまた戻ってきた。ゆったりとした足音が近づいてくる。足音は、クリスの檻の前で止った。小刻みが電子音がして、クリスの目の前が開けた。
「あれ・・・?」
そこには、ぴったりした紺の制服を着て、鍔のない帽子を被った看守がいた。クリスは、ゆっくり立ち上がって、看守のほうを眩しそうに見た。
「あ、開けてくれたんだ」
看守は、顰めっ面で今度はリアンの檻へ向かった。クリスは、呆然と突っ立ったままリアンの檻が展開するのを見つめた。
リアンは、膝を抱えて俯いて座っていた。
「あれ・・・?」
顔を上げたリアンは、目を細めて看守とクリスを交互に見遣ってからゆっくり立ち上がった。
「あ、ありがと・・・」
立ち上がったリアンの幼い体型に、クリスは驚いていた。声とのギャップに、何が嘘なのか思わず考えた。
「やあ・・・」
「ハーイ」リアンは、クリスの許へ歩み寄った。「よろしくね、クリス。・・・あなた、どこかで見たような顔だわ」
「よく言われるよ。リアンも、一番下の妹にそっくりだ」
二人は、握手を交わした。
「意外と子供っぽいんだね」
「まあ、それは失礼だわ。こう見えてもジェネレーションは78よ」
「あ、なんだ、同じじゃないか」
「あら、そうなの?」
「へえ、そうか」
ずっと握手の姿勢のまま、運命を確かめるかのように二人はお互いを見つめた。
「でも・・・、すぐお別れね」
「残念だよ。仲よくやれそうな気がするのに・・・」
看守が、二人の脇を擦り抜けていった。
「ありがとう、看守さん」
看守は、立ち止まりもせず、真っすぐ扉口へ向かった。
「どうして、開けてくれたんだい?」
クリスの言葉に、看守は肩を落とした。
「・・・この仕事も、今日で終わりだ。・・・終わったら、わしも処分される。君らと同じようにな」
背を向けたまま、看守は帽子を脱いだ。
「・・・わしだって、最後くらい好きにやってみたいさ」
看守は、それだけ言うと再び歩きだした。
「待ってよ、どこ行くのさ」
「看守さん、あなたも同類よ」
「・・・同類か」
皺だらけの顔を綻せて、看守は振り向いた。
上層部はかなり混乱しているようだ。断続的ではあるが、情報は入ってきている。インド洋で展開中だったのは英仏の連合海軍らしい。連絡が取れたのはたったの二隻だけだ。
NATO軍情報部戦略分析班のダラス・ロバートソン中佐は、人民解放軍側が核を使用してきたことを、まだ信じられないでいた。
監視衛星の映像は、紛れもない真実を送ってきていた。各地の前線では、かなりの動揺が広がっている。西アジア戦線では、中東アフリカ連合軍が既に撤退を始めていた。
『中佐殿、ペンタゴン戦略情報局オコーネル少将からです』
ロバートソンは、その連絡を受けて愕然とした。日本戦線に、アメリカ軍側が核を使用するというのだ。太平洋の制空権を是が非でも死守したいのだろう。
『イギリス国防省も、報復措置として核の使用を打診してきています。フ、フランスは既に大統領が直接命令を・・・』
「・・・もう、だめだ」
ロバートソンは、席を立った。二年に渡る戦争回避の努力も、どうやら徒労に終わったようだ。
アイルランド北部沿岸の飛行場に、一機のシャトルが駐機されていた。今にも落ちてきそうな鉛色の空が、大西洋を覆っていた。
ロバートソンは、タラップの手すりを掴んだまま、足を前に出せないでいた。
「いいかロバートソン、人類は生き延びねばならん。そして、人類は変わらねばならん。二度とこのようなことが起きないようにな」
上官の言葉など、まるで聞こえなかった。ロバートソンは、自責の念に押し潰されそうだった。
海風が、頬に突き刺さる。この海の遥か彼方で、熱線と放射能を浴びた友軍が救いの手を求めている。それに応えることもせず、我々は今地球を逃げ出そうとしている。これがどれほどの罪に値するのか、神でさえも量り知れない。
「ロバートソン、生き抜いて未来を創りだすことが、我々の使命であり、償いなのだ!」
僚友を、部下を、家族を、そして地球さえも置き去りにして、シャトルは飛び立った。
殺風景なケージキャビンに、楽しそうな笑い声が響いていた。クリスとリアンと看守は、輪になるようにそれぞれ適当な場所に腰掛けていた。
「それでリアンはパジャマなのか」
リアンは、不満そうに唇を尖らせて、袖口を掴んで両腕をぴんと延ばした。
「そうなの。こんなんで処分されるなんて、カッコ悪いったらありゃしないわよ」
「いくら処分者を連行するとはいえ、レディにその対応は失礼じゃな」
「でしょ?、もうあったまにきちゃう」
「僕は、職場で昼飯の途中だったんだ。・・・そういえば、おなか空いたなあ」
「あ・・・、あたしもなんにも食べてない」
「ん、ちょっと待っとれよ」
看守がようよう立ち上がると、扉口へ消えていった。そして帰ってくると、手には包みがあった。
「少ししかないが、食べるか?」
看守は、包みを二人の前で広げて置いた。
「クッキーね」リアンが目を輝かせた。
「わしのつまみ食い用に置いてあるんじゃ」
「いいのかい?」
「もうやりたい放題じゃて」看守の目が悪戯っぽく笑った。
「あたしクッキー食べたことないの」
言うが早いか、リアンの手がすっと延びた。
「本当は、紅茶も置いてあったんじゃが、もう最後なんで全部飲んでしもうたわ」
「おいしい!」
「そうか」
「クリスも食べなよ」
クリスもクッキーは食べたことがない。見るのも初めてだった。
「もっと他にないか、探してくるよ」
また看守はようようと立ち上がり、扉口の奥へ消えていった。初めてのクッキーを味わいながら、クリスはその姿を見つめた。
「・・・あの人も、不良品なのかな・・・」
クッキーで頭も口の中も一杯のリアンは、クリスの言葉をまるで聞いていない風だった。
今度は抱えきれないほどの包みが、目の前にどさっと置かれた。
「非常用の食料庫から全部持ってきたぞ。あははは」
「だ、大丈夫かい?、こんなことして」クリスは少し不安になった。
「心配無用じゃて。クルーズキャビンとここはつながっとらんから、何をやろうとわしの匙加減一つじゃ」
クリスも今度は遠慮なく頂いた。リアンも満足そうだ。
「あー、おなかいっぱいになったら、なんだか眠くなってきちゃった」
リアンは、その場で横になった。看守は、今度は毛布を持ってきた。
「なんでもあるのね」
「ないのは酒だけじゃ」
「それはいらないわ。飲めないから・・・」
リアンは、もうすやすやと寝息を立て始めた。
「・・・なんだかんだいっても、まだ子供じゃの」
「子供じゃないよ。もう十五だよ」
「いいや、わしらから見ればまだまだ・・・、まあええか」
看守は、毛布をリアンの顎のところまで引き上げた。クリスは、その看守の優しい眼差しに温かみを覚えていた。それは初めて感じる温もりでもあった。
「クリス・・・、だったね?」
「うん」
「生産は・・・生まれはどこかね?」
「ウエストランドの北二号」
「そうか、古いコロニーじゃな」
クリスは、とりあえず頷いた。古いと言われても何が古いのかわからなかった。
「看守さんは、どこ?」
「ん、わしか・・・」
まるで答えるのを忘れたような間があった。
「・・・地球じゃ」
「へえ、じゃあ昔地球に人が住んでたっていうのは本当なんだ」
「ああ、本当じゃ・・・」
「地球ってどんななの?」
「ああ・・・」
看守は、おもむろに虚空を見つめると、それ以上口を開こうとはしなかった。
「やっぱり、地球のことは誰も教えてくれないんだね。・・・戦争が、あったんだろ?」
「誰に聞いた?」
看守の語気が強くなった。
「誰って、公安に連れていかれたときに、神父みたいな男が言ってたんだ」
「そうか・・・」
看守の目が遠くなっていくのを、クリスはずっと見つめていた。
「地球はな・・・、わしらが帰るべき処なんじゃ」
「帰るべきところ?」
「ああ。わしらは・・・人間は、海で生まれた」
「ウミ?」
「地球全体を覆っている、言わば生命の源じゃ。人間だけじゃない、他の生き物も総てな」
「他の生き物って?」
「草も木も花も実も、虫も鳥も犬も猫もみんなじゃ」
「へえ、そうなんだ。ねえ、ゾウって知ってる?」
「ああ、鼻の長い動物じゃろ?」
「見たことあるの?」
「あるとも。他にもいっぱいいたぞ、首の長いのやら、鳥のくせに走るのが速いのやら、身体が縞縞のやら」
「うわあ、見てみたいな。まだ地球にいるの?」
クリスは、学校の図書館でしか見たことのない動物に、思いを馳せていた。
「クリス・・・、もう地球には、何も残ってないんじゃ。・・・すまん」
「そう・・・。別に謝らなくても、看守さんのせいじゃないんだし」
看守は、うなだれたまま拳を強く握っていた。
恐らく、この光景を表せる言葉は永遠に見つからないだろう。無人探査機が送ってきた映像を見て、ステーション内は騒然とした。
『平均地表温度六〇度、海抜は一二〇〇メートル上昇、酸素濃度五パーセント以下。発信電波の類、検出できません・・・』
オペレーターは、もうそれ以上報告することができなかった。目が見ることを、耳が聴くことを拒否してしまったのだ。
「・・・我々は、・・・地球を、殺してしまった・・・」
ロバートソンは、その場に崩れ落ちた。
「悲観していても始まらん。我々がすべきことを考えろ」
ロバートソンは、そう言い放った上官を睨みつけた。踵を返す彼の四肢は、小刻みに震えていた。
既に地球圏を取り巻くコロニーは、計画の八割が完成していた。戦争が突発的でなければ、もっと大勢の人間が生き延びられたかもしれない。
混乱は十年続いた。
行政府の中枢に身を置いていたロバートソンは、政府高官からある計画を知らされた。この十年というもの、宇宙空間に舞い上がった放射能塵の影響で、出生率が低迷したままだった。その打開策とも言える計画だったが、ロバートソンは自分の耳を疑った。
「人工生殖と、おっしゃったのですか?」
『そうだ。このまま人口が伸び悩めば、各方面に影響が出る。幸いにも、科学者連中が宇宙開発に興味を持ってくれていたお陰で、戦前レベルの頭脳が残っている』
「しかし、倫理上の問題が・・・」
『宇宙にいて助かったのは、エリート意識の強い連中ばかりだ。反戦を盾にすれば論破は容易い。心配いらん。いいかロバートソン、今は倫理をどうこう言っているときではない。第一そんなものはクソ食らえだ。人間がいなくなれば、倫理も道徳も何の役にも立たん。それにだ、目的は他にもある』
「それは一体?・・・」
高官の言葉は、ロバートソンの耳を通り過ぎた。それは、行政職を辞するに充分値した。
計画は、水面下で進行していった。その結果、安定した出生率とそれに伴う人口の増加がみられた。数字で見れば、それは豊かで平和な結果だった。
ロバートソンは、地球から最も遠いサウスランドコロニーへ向かっていた。とにかく、落ち着ける場所でゆっくりしたかった。職務に忙殺され続けたこの十年、いやそれ以前から自分を苦しめてきた枷を外したかった。
シャトルから見える地球は、より青く輝いていた。緩やかだが、自浄作用も進んでいるらしい。放射能レベルが戦前に戻るのには、少なくともあと一万年はかかる。
地球から離れたのは、消えることのない罪を、少しでも忘れたかったからだった。蓄えは、余生を不自由なく暮らすのに充分だった。
サウスランドコロニーに構えた小さな一軒家で、ダラス・ロバートソンは静かな日々を過ごしていた。庭に菜園をつくり、今では珍しくなった天然の野菜や花を育てた。
区長の勧めで、各地で講演も行なった。地球で生まれ育ったロバートソンの話は、大衆の興味を大いに引きつけた。だがあるとき、行政府から講演内容にクレームがついた。戦争以外の地球のことを話すなというのだ。行政府側としては、現在の生活が至上のものだという印象を大衆に植えつけたい。それには、豊かだった地球の話などしてもらっては困るらしい。
ロバートソンはそれ以来、講演も地球のことを話すのも止めた。また静かな日々が続いた。
ある日、ロバートソンの許を一人の男が訪ねてきた。まだ若いレオニード・ツォンと名乗るその男は、これまでの行政府の非道なやり方を批判した。その上で、行政官をリタイアしたロバートソンに、自分達の活動を援助して欲しいと言ってきた。
その活動とは、現政権に反旗を翻すことであった。手段は問わないとレオニードは付け加えた。
「政府の推し進めている人工生殖が行き着く先、・・・あなたもご存じのはずです」
人が、人を製品として生産し、管理する。まさにそれは、神の御業を超える人の業であった。
「あなたの援助が必要なんです。人間が人間であるためには」
一日だけ返事を留保させて欲しい旨を告げると、レオニードは引き揚げた。
確かに、今の行政府がやろうとしていることは非道極まりないものだ。自然の摂理に反して、人間を人為的に造り上げるなど。
しかし、ロバートソンは考えた。摂理に沿ったからこそ、あのような悲劇的な結果を産んだとも言えるのではないかと。だからといって、行政府のやり方が正しいとは誰も言えない。
一体何を信じればいいのか、ロバートソンは自分の存在をも疑い始めた。
翌日、ロバートソンの姿はなかった。訪ねたレオニードは、リビングで書簡を見つけた。そこにはただ一行、『私が、私であるために』とだけ書かれてあった。
数日後、行政府総統ジェフリー・カニンガムが急死した。病死と発表された死因を、誰一人疑うものはいなかった。
クリスも、いつの間にか眠っていたようだ。毛布を捲ると、身を起こして辺りを見回した。
「あ、そっか・・・、捕まったんだ・・・」
大きく伸びをすると、傍らで眠っていたリアンが身じろいだ。
「ん・・・、あれ・・・?」
リアンは、クリスを認めると照れたように微笑んだ。
「おはよう、リアン」
「おはよう、クリス。・・・あたし寝ちゃったの?」
「もう起きたけど」
ゆっくりとまばたきを二度三度しながら、リアンは起き上がった。
「あー、変な夢だった・・・」
「どんな?」
「ん、あたしとね、もう一人誰かがね、水の中にいるの。ずっと泳いでるんだけど、そのうち水から出て、二人で走りだすの。で、またしばらく走って、今度は空飛ぶの。で、またしばらく飛んでたんだけど、・・・落ちちゃうの。それで、おしまい」
「へんなの」
「へんなの」
二人でそう言い合って、しばらく見つめ合った。
「クリス」
「何だい?」
「・・・あたし、なんかここが変」
リアンは、咽の下を押さえている。
「痛いのか?」
「ううん、そうじゃなくて、・・・なんだか、苦しいの」
「そ、そんな、僕じゃわからないな。看守さんに・・・」
クリスは、看守がいないのに気づいた。
「ち、ちょっと待って、呼んでくる」
「待って」
腕がぐいっと引き戻された。リアンの細い手が、クリスの手を掴んでいた。
「リアン?」
掴んだクリスの手を、リアンは自分の喉元にもっていった。
「クリス・・・」
クリスは、半ば握っていた指をそっと広げて、リアンの喉元に押し当てた。
「リアン・・・、僕もなんだか、苦しくなってきたよ」
リアンは、それに応えるように自分の腕を差し上げた。互いの温もりが、身体の奥深くまで染み込んでいくような気がした。
「・・・前に、学校の先生が言ってた。人間は昔、愛し合った男と女からできた、って。だから不良品がたくさんできたんだ、って」
「それで、処分されたのかな・・・」
「わからない・・・」
「あたしたち、何も悪いことしてないよね・・・」
「してない。・・・でも、いつかするんじゃないかな」
「だから?、だから、処分されるの?」
「・・・僕たち、不良品なんだよ・・・」
クリスは、少し怖くなっていた。あと僅かで、この温もりが消え失せるのを。
ロバートソンは、再婚を決意した。地球滅亡から三十年、六十歳にして大きな決意であった。
ロバートソンを初めとするクラス0(自然生殖で出生した人間)は、日増しにその数を減らしていた。戦争の後遺症もあるが、クラス1(胎外生殖)やクラス2(単純複製)に比べ、環境適応能力が格段に低いのが最大の原因だった。
この時期、科学アカデミーがクラス3と呼ばれる人工卵、人工精子による生殖法を完成させた。両親の遺伝子から優性のものだけを選び出して、それを子供に与えようという方法だ。
一部の民間勢力が反対を唱えたが、大衆の支持は圧倒的であった。
ロバートソンは、かなり迷いもあったが、妻の願いを聞き入れる形でクラス3の子供を発注した。さすがに抵抗もあったが、いざこの腕に抱いてみれば、何も特別なところのない、ごく普通のかわいい我が子であった。
平和な時が流れた。そして、悲劇は息子が五歳のときに訪れた。
「息子を処分するだと!?、一体貴様らに何の権限があるのだ!!」
激昂するロバートソンを、管理官は奇異な眼差しで見つめていた。
「先の検査結果で、JYF2304は不良品と判定された。だから処分する」
「ふ、不良品だと!?、・・・わ、わしの息子が、不良品だというのか!!」
ロバートソンは、管理官の一人を殴り倒した。
「あなた!、やめてください!」
管理官は、感情のない眼差しでロバートソンを見つめた。
「ちっ、これだから地球が滅ぶんだよ、クラス0め・・・」
「何だとおっ!!」
再度管理官に掴み掛かったロバートソンは、別の管理官の護身銃に倒れた。
「奥さん、あとでご主人にも出頭願います」
管理官に暴行を加えたかどで、ロバートソンは十年間の強制職務に就けられた。子供は、二度と造ることはなかった。
「もうそろそろ起きてくれんか」
クリスもリアンも、ずっと目は覚めていた。寝そべっていると、シャトルの微動が身体に伝わって心地好かった。
「・・・もう、着くの?」リアンが寝返って言った。
「まだじゃが、向こうへ着いてあんまり眠そうな顔をしてるのもどうかな」
「ん・・・それもそうだな」
クリスは、しばらくためらってから勢いよく起き上がった。
「あたしまだ眠い」
「わがままだな、リアンは。だから処分されるんだ」
「あなたに言われたくないわ、クリス」
笑顔で交わされる言葉の内容に、看守は疑問を持った。
「なあ、一つ聞いていいかな?」
二人は、「何?」という風に眉を上げて目を見開いた。
「その、・・・怖く、ないか?」
二人は、顔を見合わせた。
「全然。ね」
「怖い、って、何を怖がるんだい?。何もないよ」
「だって、不良品なんだもん」
こうまできっぱり言われると、返す言葉がなかった。看守は、微笑みを返して頷いた。
「ねえ、あたしも一つ聞いていい?」
「ん、なんじゃ?」
「・・・クッキー、まだある?」
看守とクリスは、顔を見合わせて互いに肩をすくめた。
「食べてるか寝てるかだな、リアンは」
「悪い?」
「わかったわかった、見てこよう」
看守はようようと立ち上がったが、そのまま身体を傾かせて倒れそうになった。
「ありゃ、おかしいな」
人工重力の位相がずれたのか、急に水平感覚がおかしくなった。
「あれ、なんか傾いてる」
「ほんとだ」
「じっとしてるんだぞ。あんまり動き回るんじゃないぞ」看守はそう言って、扉口の向こうへ消えた。
突然、けたたましく警報が鳴り響いた。二人は、反射的に身を寄せた。
「なんだろ?」
「やな感じ」
看守が慌てて戻ってきた。
「ねえ、どうしたの?」
「二人とも、宇宙服を着るんじゃ」
「宇宙服?」
「警報が出てる以上、そのほうがいい。こんなとこで死んじゃつまらんからな」
看守は、踵を返すとまた扉口へ消えた。
「・・・つまらないって」
「そうかもな」
クリスは、どこか興奮し始めている自分に気づいていた。
レオニードは、ダラス・ロバートソンの行方を追った。サウスランドの住居は既に人手に渡って、強制職務先も第三者には教えてくれない。レオニードは、自身の活動の合間になるべくミッドランドコロニーへ立ち寄って、一縷の偶然に頼るしかなかった。
行政府がクラス3の人工生殖を奨励している今となっては、是が非でも彼の援助が必要だった。もう数えるほどしかいなくなってしまったクラス0の重みのある言葉が、きっと世界を変えてくれる、いや、元に戻してくれると、レオニードは確信していた。
そして、偶然は向こうからやってきた。
「本を買ってくださらんか、二ドルでいいんじゃが」
ロバートソンの顔は、凍り付いたようにレオニードを見つめていた。近くのカフェテリアで、二人は話をした。
「これは、・・・昔話ですね。前にどこかで読んだことがある」
「わしのうろ覚えなんだがな」
「どうして、これを?」
ロバートソンは、たっぷり間をとってから答えた。
「・・・記憶や感情は、やがて薄れて消えていく。何か、残るものをと思ってな。・・・この寓話は、何百年もの間、人々に語り継がれてきた。これで、人々が何かを思い、感じてくれれば・・・」
レオニードは、開いていた本を閉じた。
「ロバートソンさん、やはりあなたは我々にとって必要な人です。一緒に来てくださいませんか?」
ロバートソンが手を差し出したので、レオニードは本を手渡した。
「・・・わしにも質問させてくれんか」
「どうぞ」
「・・・あんた、なぜそうまでして政府に反目するんじゃ。何の得にもならんじゃろ?」
「損得の問題でないことは、あなたのほうがご存じのはずです。・・・私はただ、今のこの世の中に疑問を持っているから、我々の置かれている現状を素直に受けいれることができないから、こうしているのです」
レオニードは、少し声を荒だてたのに気づいて周りを見た。
「・・・私は、クラス3の劣性因子保持者、・・・つまり、不良品なのです」
ロバートソンは、目を細めた。
「クラス3の実験段階で、私は生まれました。既に劣勢因子の保持は確認していましたが、様々なテストを十五年もの間繰り返しました。苦痛はないのですが、自分が生きているという実感もありませんでした。その他の感情も、何一つ。で、散々テストされた挙げ句に、私は処分場送りになったのです」
「脱走、したのか?」
「いいえ」レオニードは首を横に振った。「逃げ出す理由などありません。私は、処分されなかったのです」
ロバートソンは、真摯にレオニードの話に聞き入っていた。
「当時、まだ多くのクラス0がいました。彼らは、何の理由もなしに私を処分することができなかったのです。それは、彼らにとって当然の行ないでした。人が人であることの重要さに気づいたのは、彼らの行ないが理解できたときでした」
レオニードは、大きく呼吸してからカップに口を付けた。
「・・・一緒に来てください。ロバートソンさん」
「役にたたんさ。わしのような旧属人類なぞ」
「そんなことはありません。あなたは、地球の記憶をお持ちです。それが、今の我々に一番大切なものなのです」
「とてもそうは思えん。わしらは、地球を破滅に追い込んだ張本人なんじゃ。そんな醜悪な輩の記憶など、何の役にも・・・」
「そうじゃない、ロバートソンさん。我々が欲しいのは、あなたが持っている純粋な生命の記憶です」
「生命の記憶?」
「数十億年の昔、海から生まれて進化し続けてきた、生命の記憶です」
ロバートソンは、静かに目を閉じた。
「確かに、あなたがたは地球を破滅させたかもしれない。それを罪と感じるのなら、償うべきではないのですか?」
「わしにどうしろと?」
「もう一度地球に帰るのです。今はまだ無理ですが、その礎を築く手助けくらいは、我々にだってできるはずです。それを、私と一緒にしてほしいのです」
「・・・地球へ?」
「地球を負の象徴とする行政府のやり方を打破して、我々は地球に帰るべきなのです。我々は、地球人なのです」
都会の喧騒が、まるで潮騒のように聞こえてきた。青い海、青い空、緑なす大地。ロバートソンの脳裏に、地球の記憶が鮮明に蘇った。だがそれは、硝煙と死臭の立ち篭める荒野へと、一瞬にして切り替わっていった。
「・・・すまんが、もう戻らないと」
「ロバートソンさん、これだけ言ってもわかっていただけないのですか?」
レオニードの声は、もはや悲痛な色になっていた。
「・・・レオニードさん、アリとキリギリスの話は知っているかい?」
「え?、・・・ええ、知っています」
「あれは、どちらがいいか悪いかというものではない。それぞれ、お互いのやり方があるということなんじゃ。キリギリスが最後に死んでも、それが彼らの運命なのじゃ。だがな、キリギリスがもし、ずっと生き延びることができたら、アリはどう思う?」
ロバートソンは、それだけ言うと立ち上がった。
「・・・それが、それがあなたの答えなのですか?」
「今度会うことがあったら、一緒に酒でも飲みたいものだな・・・」
小脇に本を抱えて、ロバートソンは雑踏に消えていった。罪の重さに耐えかねてか、その背中は丸くなっていた。
宇宙服は初めてという訳じゃなかった。リアンも同様だった。看守は、ケージキャビンの扉口を出てすぐの監視室で、事態の収拾にあたっていた。
看守が言うには、バッテリーが古くてあてにならないから電源は入れるな、とのことだった。ずっと倉庫にあったので多少消毒臭いが、それ以外はこれといって不都合はなかった。
二人とも、看守の顔色の変わり様で言葉少なになっていた。キャビンの中央に背中合わせで座るよう、看守に言われていた。
「・・・どうなんだろうね」
「うん・・・」
「リアン?」
「なーに?」
「怖い?」
「いまさら?」
「そうだよね・・・」
バイザーは開けてある。何か変わったことを感じたら、手動で閉じろと言われていた。
「あ、リアン」
クリスが急に立ち上がったので、リアンはそのままひっくり返った。
「んもう、クリス」
宇宙服を着た看守が、うなだれた様子でキャビンに入ってきた。
「どうなんだい?」
「クルーズと連絡がとれん」看守はゆっくり首を横に振った。
「海賊かしら?」
「ふふ、何もお宝はないがな」
クリスは、ふざけているリアンを嗜めるように、少しきつく睨んだ。
「とにかく、しばらくここにじっとしていよう。もしかすると何か不都合があったのかも・・・」
クリスは、扉口がすーっと開いたのが見えた。
「あ!」
クリスの驚いた声に、看守は振り向いた。そこには、銃を構えた人影があった。看守は、反射的に手を腰にやった。それは、彼にとってごく自然な動作だった。
胸に熱く込み上げるものを感じながら、看守は何もない腰をまさぐっていた。
「看守さん!」
「うそ・・・」
クリスとリアンの間に、看守は倒れこんだ。二人は、なす術もなくただ立ちすくんでいた。
「し、しまった、丸腰だったのか」
扉口の男は、銃をしまって近づいてきた。
「君たち、クリス・フェイセルと、リアン・スタグマイヤーだね?」
二人は、名前を呼ばれて振り向いた。
「助けに来たよ。一緒に行こう」
男は、バイザーを開けて、満面の笑みを浮かべた。
「・・・なんで撃ったんだよ!」
「ばかあ!」
二人が男に掴み掛かろうとしたとき、看守の呻きが聞こえた。
「あ、看守さん!」
「ねえ、しっかりしてよ!」
「・・・クリス・・・リアン、・・・大丈夫か?」
「大丈夫だよ!」
「あたしたちのことなんかどうでもいいわよ!」
男は、看守のアウターメットを外した。
「すまない、そちらが銃を持っている風に見えたので、発砲してしまっ・・・!」
「・・・な、なーに、ついつい、昔のクセが出ちまった・・・」
男は、絶句したまま看守の顔を見つめていた。
「あ、あなたは、ロバートソンさん!」
その声に、看守はうっすらと目を開けた。
「・・・ああ、レオニードさんじゃないか・・・、元気か?」
「ああっ、私は一体・・・、一体何ということをっ!!」
レオニードは、拳を床に何度も叩き付けた。扉口から、更に宇宙服を来た連中が二三人入ってきた。
「レオニードさん、クルーズキャビン制圧しました」
「おい!、救護班をまわせ!、大至急だ」
「り、了解!」
レオニードは、ロバートソンを仰向けにして、宇宙服の間接部のテンションを外した。
「・・・レオニードさん、・・・あんた・・・」
「ようやく、我々の活動が本格化できるときが来ました。ムーンランドコロニーに拠点を置いて、レジスタンス活動を各地で展開します」
「・・・そうか・・・」
「不良品と呼ばれて不当に処分される人々も、我々が救出します」
「・・・すまんな、・・・結局、わしはなにもできずに・・・」
「いいえ、あなたがいなければ、私はここまで至っていなかったでしょう。感謝しています」
「・・・そう言ってくれると嬉しいよ・・・君の選んだ道は大変じゃぞ・・・」
「もうあまり喋らないで。救護班が来ます」
「・・・あんた、・・・銃の腕も確かじゃな・・・。元軍属のわしが褒めるんじゃから・・・自信持っていいぞ・・・」
「ロバートソンさん・・・」レオニードは、やるせなくかぶりを振った。
「・・・あんたなら、奴らを叩くことができる・・・外すなよ・・・」
ロバートソンは、指を銃の形にして自分の胸に突き刺した。
「・・・わしは、カニンガムを殺ってわかった。本当に叩かなければならないのは、個人ではなくて、根底に流れている意識なのだとね・・・。それができないと悟って、わしは全てを諦めた。・・・じゃが、子供を処分されたときに、やはりできないとわかっていることでも、わしはやらなければならないと・・・、でも、できなかった・・・。あまりにも、世界が変わり過ぎていた・・・。もう、わしらの世代ではないと・・・、だから・・・」
「救護班、到着しました」
「こっちだ、頼む」
軽装宇宙服を来た男が二人、ロバートソンに取り付いて作業を始めた。
「・・・レオニードさん、・・・この二人を、頼む・・・」
レオニードは、心配そうにロバートソンを囲んでいる二人を見遣った。
「・・・ちょっとクセがあるが、なかなかかわいい子らじゃ・・・」
「子供じゃないって、言ってるのに・・・」クリスは、溢れそうな涙をこらえながら唇を尖らせた。
「・・・それと、・・・わしが死んだら、地球へ放り投げてくれんか。地球の海へ、帰してくれ・・・。一足先に、待っとるから・・・」
「レオニードさん・・・」
「そんなこと言わないでよ!」リアンも必死で涙をこらえている。
「そうだよ、看守さん。もっと、・・・もっと地球の話聞かせてよ!」
「・・・クリス・・・、地球はな、お前の身体の中にあるんじゃ。・・・リアンもな・・・」
「身体の中?」
「・・・そうじゃ。・・・身体の隅々に、地球の記憶が一杯詰まっとるんじゃ。だからな、地球のことが知りたかったら、自分を大切にすることじゃ・・・」
救護班の一人が、レオニードに近づいて僅かに首を横に振った。レオニードは、唇を噛んで目を閉じた。
「・・・・・・わかったか、クリス・・・リアン・・・・・・」
二人の返事は、ロバートソンにはもう届かなかった。
「いやあああっ!!」
リアンは、ロバートソンの亡骸にすがりついた。クリスは、呆然としたままで、その目からはとめどなく涙が溢れていた。
レオニードは、救護班を下がらせた。しばらく二人を感情のままにさせたかった。自らも、ケージキャビンを後にした。
「・・・キリギリスは、アリのような生活ができても、決してアリにはなれないということですよね、中佐殿・・・」
レオニードは、微かに残された記憶を確かめるように、敬礼をした。
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