1996
休暇中にて #2
水曜日の朝、ピクニックになら絶好の好天になった。「俺達にすりゃピクニックみたいなもんよ」
ゲイルは、太股に付けたホルスターの感触を確かめるように、デザートイーグルを出し入れした。
「そのシマリのない顔なんとかしてよ」
“馬鹿撃ちボビー”二年ぶりの復活である。右太股、背中、左くるぶしにそれぞれ銃が収まる。
「そっちこそ、ハロウィーンにはまだ早いぜ」
ボディアーマーを着込んだリナの身体が、丸いカボチャに見えるらしい。
「・・・楽しそうだな、二人とも」
ボビーとリナは、互いに顔を見合わせて肩をすくめた。
「好きなマシンガン持って下に集合だ。先行くぞ」
ゲイルは、イタリア製のセミオートショットガンをひょいと摘み上げて出ていった。
「行くぞ、リナ。早くしろよ」
「あれ、持っていかないの?」
「切り込み隊長にそんなもの必要ないさ」
「あ、そう」
リナは、銃身を切り詰めた振り回しやすいのを選んだ。
五名を乗せたミニバンは、イーストリヴァードライヴを北上していた。現地で所轄の先発隊と合流する手筈だ。
「・・・人数少なくないか?」
「そうだよな、向こうにどれだけいるか知らないけど、これじゃな・・・」
隊員の囁きは、運転席のゲイルにも聞こえていたようだ。
「アーウィン捜査官、何か不都合でも?」
「い、いや、スワイガート捜査官、いくら麻薬課が多忙とはいえ、五名というのは少ないような気がしまして」
「そうですか?、むしろ十分過ぎるくらいですが」
ゲイルの不可解なセリフに、二人は少しどよめいた。
「どういうことですか?」
「ほら、後ろをご覧なさい。そこに五、六人分の戦力が座ってるでしょう?」
シートにもたれて眠っているボビーとリナがそこにいた。
「あの二人が、ですか?」
「・・・寝て、ますけど」
「作戦が始まればわかるさ。彼等が“無敵”だってことがね」
ゲイルの高笑いが、ルーズベルト島まで届きそうだった。
東107丁目とレキシントン通りが交差する辺り、スペイン語の看板がぶら下がる雑貨屋の二階が、その場所だ。
所轄とDEA合同の先発隊と、ゲイルの隊が合流した。ミニバンは、レキシントン通りに停まった。
『まだ確認してないんですよ』
「そうか・・・」
先発隊の無線を聞いて、ゲイルは舌打ちをした。
「各員、装備の再点検をしろ。以後、待機に入る」
金属のかち合う音が、車内に響いた。
「・・・ちょっと、いつまで寝てんのよ」
リナに肩を突かれて、ボビーは目を覚ました。
「んあ、着いたのか?」
「とっくに着いてるわよ。早く支度しなさいよ」
車の左端に陣取っている隊員の冷ややかな視線に、リナは気づいた。
「あははは・・・、サポート、よろしくお願いします」
愛想笑いまで冷ややかだ。
ゲイルは、ステアリングにもたれながら、外の様子を窺っている。
「・・・ゲイル、まだか?」
「まだだ、そう慌てるな。タマでも詰めてろ」
「これ以上どこに詰めんだよ」
「ポケットにマガジン入れられるだけ入れて、突入の時ひっくり返って全部ぶちまけたのは誰だ?」
「なによそれ、そんなことあったの?」
「駆け出しの頃だよ」
隊員も思わず吹き出していた。ボビーは、ばつの悪そうな顔でシートにもたれた。
「おっと、みんな!」
通信の呼び出しが鳴って、ゲイルが手を挙げた。
『ターゲット確認しました。今、建物の中に入ります。計五名』
「出動準備!、一気に行くぞ」
コッキングの音が響く。
「先発隊、我々の突入後に、建物を包囲して退路を固めろ。逃がすなよ」
『いつでもどうぞ』
ゲイルが運転席から振り返り、隊員達の様子を窺った。ゲイルの顔に、笑みがこぼれた。
「よし、出動だ!」
ミニバンの後部から、溢れるようにして隊員達が降りていく。ゲイルも、車から降りて後に続く。
『階段は一つしかない。窓から逃がすな』
ゲイルの声が、耳に当てたレシーヴァーから聞こえてくる。
ボビーが先頭となって、雑貨屋の脇にある階段を駆け上がる。階段は小さな廊下へ続いて、その奥に部屋の扉があった。
足音を忍ばせて、ボビーとリナが廊下を進む。二名の隊員が後に続くが、ボビーは手振りで階段まで下がらせた。
『階段を固めてくれ。中は俺達がやる』
『いや、しかし・・・』
もう一人の隊員が、肩を掴んでかぶりを振った。
『・・・わかった。気を付けろよ』
ボビーとリナは、それぞれ扉の脇を固めた。リナが、サブマシンガンを顔の横で構える。
「いいかリナ、1、2、3で行くぞ」
「OK」
「よし、・・・1、2、」
「待って。3と同時に行くの?、それとも3の後?」
「“リーサル・ウェポン”観ただろ?」
「ん・・・、OK」
「行くぞ、1、2、3!」
ボビーが扉を蹴破った。
「警察だ!、全員その場を動くな!」
不意を突かれた連中は、驚いた様子でゆっくりと手を挙げた。全員プエルト・リコ系の男で、原色使いのひらひらした上下の服を着ている。三人が窓際に、一人は椅子に座っていた。
部屋は広く、彼らのいる一角は簡素な家具やベッドなどがあるが、あとは木箱や木材などがうず高く積まれて、倉庫の様相を残していた。
「待ってボビー、一人いないわ」
「なに?」
ボビーが目を離した隙に、連続した銃声が響いた。
「くそっ!」
足元の床板が弾け飛ぶ。二人は玄関口まで後退した。連中が動くのが見えて、ガラスの割れる音がした。
「しまった!、ゲイル、窓から逃げた!」
銃撃の隙をついて、ボビーが中に入った。
「ここは俺に任せろ。下で援護を」
「でも、ボビー・・・」
「早く!」
リナは、ボビーのウインクを見てから、下へ向かった。
外では、銃声は聞かれなかった。包囲の厳重さに観念したのか、逃げた四人はそれ以上の抵抗もなく全員確保された。一人は、足を骨を折ったらしく呻き声を上げている。
リナは、いささか拍子抜けしたが、それでいいのだと思い直した。
「ボビー、逃げた四人は確保したわ。そっちは大丈夫?」
応答はなかった。
「・・・まさか!?」
階段を駆け上がり、扉口まで来ると、何やら話し声が聞こえた。
「・・・もう止めてくれ、バーナード・・・」
確かに、ボビーの声でそう聞こえた。
「・・・バーナード?・・・誰?・・・」
犯人とボビーが話しているのだろうか。リナは、慎重に一歩一歩足を踏み入れていった。
「きゃっ!」
マシンガンで撃ち砕かれた床が、リナの重みに絶えきれなくなって抜けた。
「ま、待つんだ!」
屋根を伝う足音が聞こえ、やがて銃声が聞こえた。
「・・・ボビー、いるの?。ボビー」
床に食い込んだ足を引き抜いていると、ボビーが木箱の陰から現われた。
「・・・大丈夫か?、リナ」
「ええ、ボビーこそ、大丈夫?」
「ああ、・・・終わったよ」
銃を持ったボビーの右手は、力なく下がっていた。
作戦は、全て終了した。逮捕した四名はいずれも下っ端で、有力な情報は何も持っていなかった。射殺されたのは“ナイン”で、銃を持っての逃走故に止むを得ない処置だった。
身元を示す所持品は一切なく、アジトも徹底した捜索が行なわれたが、確たる物証は何一つ出てこなかった。
「デッドエンドさ・・・」
ゲイルのセリフが、全てを表していた。
格子に填められたガラスが響くドアは、半分開いていた。
「あ、おねえちゃんだ」
ショウケースの陰から、ニックが駆け出してきた。
「やあ、お帰りリナ。ご苦労だったね」
「ごめんねリコ、子守なんか押しつけちゃって」
リカルドは大きな身振りで、そのことを全然気にしていない自分を表した。
「なあに、こっちもおじいちゃんの練習ができてちょうどよかったさ」
「おじいちゃん、バイバイ」
リナとつないでいた手を放して、ニックはリカルドに手を振った。
「ああ、また遊びにおいで」
名残惜しそうな眼差しで、すっかりリカルドはおじいちゃんになったようだ。
「じゃ、リコ、また来るわ」
ニックは、リカルドの姿が見える間ずっと手を振り続けていた。
ボビーは、まだセンターで事後処理をしている。理由は話さなかったが、早く帰りたいことを告げると、ゲイルもあっさり認めてくれた。
あの時、ボビーが話していた相手は、やはり“ナイン”なのだろうか。
話していた、というのは正確ではない。聞いたのはボビーの声だけで、会話のようなやりとりではない。ボビーが彼を説得していたのかもしれないし、不意を突かれて危険な立場にあったのかもしれない。
しかし、彼は確かに「バーナード」と言った。通称しか知らないはずの相手の名を、ボビーは呼んだのだ。
募る不審を拭おうとしても、その事実が頭をもたげてくる。
「おねえちゃん、おなかすいた」
何者かの謀略によって職を追われたリナにとって、それは自然なのかもしれない。
「何てこった」と言わんばかりに、ロイの口は大きく開かれていた。
「全く、・・・今週は君に驚かされてばかりだよ」
カウンターの端にニックを座らせて、リナも腰を据えるように座った。
「ロイ、お子様セットある?」
ロイの細い目は、しばらく天井を見つめていた。
「・・・OK、用意しよう。リナは?」
「そうね・・・、じゃ、グレンフィディック」
ロイは、静かに頷いてカウンターの奥に消えた。
自分を知っている誰かと、リナは一緒にいたかった。リトル・イタリーで食事をしてもよかったが、どうしてもここへ来たかった。
三人編成のジャズバンドが、奥のホールでリナの知らないナンバーを演奏している。
賑やかな店内を見回しながら、ニックはどこか楽しそうだった。
「はい、お待たせ坊や」
「うわあ」
顔より大きなハンバーガーサンドに、ニックは嬉しそうにリナを見た。
「食べていいのよ」
あちこちに刺してある万国旗に目をパチクリさせて、ニックはハンバーガーにかぶりついた。
「ありがとう、ロイ」
リナの前にグラスとチェイサーを置いて、ウインクを一つよこすと、ロイは他の客の注文を訊きにいった。
朝食を軽くとっただけで、今日は何も食べていなかったが、スコッチ一杯で今は満腹だった。
「また来るわ、ロイ」
「ああ、休暇明けにでもたっぷり話そう。おやすみ」
リナは、力ない微笑みを返すのがやっとだった。ニックが代わりに手を振っていた。
タクシーをやっとのことで捕まえて、車内で眠ったニックを背負いながら、帰宅したのは八時を少し過ぎていた。
通常よりは比較的楽な作戦だったとはいえ、ナーヴァスになるのはいつも同じだ。ニックをベッドに寝かせると、よろけるようにカウチに倒れ込んだ。ようやく長い一日が終わろうとしていた。
『・・・もう止めてくれ、バーナード・・・』
「・・・ボビー?・・・」
『誰だ、そこにいるのは!』
あの厭な感覚が、リナの全身を這い回るように通り抜けていった。銃口を向けられたときの、あの感覚だ。
暗い丸い穴から、轟音と共に一直線に向かってくる、一筋の光。永遠の呪縛。警官であろうがなんであろうが、決して慣れることのない感覚だ。
微かに聞こえてきたのは、電話のベルだった。リナは、ようやく目を覚ました。
「・・・もしもし」
『あ、もしもし、テッド・カーライルと申しますが・・・』
リナは、受話器を持ったまま立ち上がった。そして、昨日ニックを連れて伺うとメッセージを残したことを思い出した。
「はい、ニックのお父さんですね?」
返事はすぐにこなかった。
『いえ、あのう、そうではないんです。ニックは、私の妻の兄の子供でして・・・」
「え?、でもあの、警察のほうに捜索願を出されたでしょう?」
『はあ、私が出しました・・・』
鼻の詰まったような声は、どうも要領を得ない。
『実は、夏休み前にその義理の兄から連絡がありまして、新学期まで子供の面倒を見させてくれと、・・・私達共働きでして、ニックは三年前から預かって面倒をみているのですが、正直困っていたんです』
「義理のお兄さんというのは、どういった方なんですか?」
『大学の、医療研究施設で働いていました。離婚して、母親が親権を放棄して、自分で預かったのはいいのですが、仕事を辞めてしまって・・・』
「なるほど・・・、それで?」
『ええ、で、夏休み中ずっと一緒に暮らしてたみたいで、新学期になってある日、私達の留守中に帰ってきたらしく書き置きがあったんです。“ニックをよろしく”と。でも、ニックの姿はどこにもないし、いくら待っても帰ってこない。それで、捜索願を』
「じゃ、お兄さんとも連絡が取れないんですか?」
『はい。・・・あのう、よろしければ、兄も捜してもらえませんか。お金はお支払します』
メッセージに、つい探偵事務所の名前を出したのを忘れていた。今のリナは探偵助手なのだ。
『それで、できれば、兄にニックを引き取ってもらいたいと、・・・妻は、裁判をおこすとまで言ってるんです。法的にも、兄の方に親権が・・・』
「わかりました」
少し強い口調で、リナは言葉を遮った。
「ニックのためにも、父親は必要です。こちらで独自に捜しますから、お金の件は結構です」
『そうですか、よかった』
込み上げる感情を抑えて、リナは話を続けた。
「それで、ですね、お兄さんの、・・・ニックのお父さんの、詳しいプロフィールを教えてくださいませんか?」
『あ、はい。えー、名前は、ハンス・ベルナール。住所は、セント・マークス・プレイス72・・・』
次の言葉を待ったが、沈黙が続いた。
「その、勤めていた医療施設はどこに?」
『はあ、妻ならわかると思いますが、あの、妻はツアーコンダクターをしてまして、今、ヨーロッパ周遊ツアーとかで、あと一週間は・・・』
リナは、受話器を押さえて大きな溜息をついた。
「そうですか、わかりました。ニックはしばらくこちらで預かります。おじゃまでしょうから」
『すみません、助かります』
皮肉を言ったつもりだったが、効いてないようだ。
「学校のほうには、休学届でも出しておいてください。ではまた、この件が解決したら、ご連絡しますので」
礼だけは丁寧に言って、電話は切れた。
「・・・ふうっ」
腹を立てて頭の中がすっきりしたせいか、すぐに睡魔が襲ってきた。リナは、素直に従った。
詳しい事情も聴かず、ボビーは休みをくれた。尤も、契約などあってないようなものだが、電話の声は、やはりかなり疲れているようだった。
「ここで、ちょっと待っててくれない?」
ロシア鈍りのイエローキャブは、渋い顔をしたが、百ドル札ですぐ元に戻った。
「わかりやしたあ」
1stアヴェニューから、セント・マークス・プレイスに入る。歩道には所狭しと露店が並び、より雑多な雰囲気を作り出している。
「マイク、前に住んでたおうち、憶えてる?」
「うん、憶えてるよ」
ポスターの貼り尽くされた狭い路地を抜けて、管理人の後に続いた。
「おたくからも言っといてくださいな。まだ家賃残ってるんですから」
リナに念を押すと、ニックに一瞥をくれて管理人は立ち去った。
「・・・あの人、悪い人だよね?」
「・・・そうね、よくはなさそうね」
「おねえちゃんは、いい人だよ」
見上げるその目が、どことなくリナは照れ臭かった。
「さ、行きましょ」
部屋は、お世辞にも広く清潔とは言えなかった。据え付けのベッドに、申し訳程度のキッチンとバスユニット。テーブルを置けばもうスペースは無いに等しい。
「夏はずっとここにいたの?」
「うん、いたよ・・・」
ニックの言葉に、元気がなくなってきた。
「夏休みが終わって、どうしたの?」
「・・・お父さん、仕事があるって、僕をまたおばさんとこにやったんだ。でも、僕、お父さんといっしょにいたかったから、おばさんとこ出たの」
「仕事?、・・・仕事があるって言ったの?」
「うん」
医療施設はとうに辞めているはず、では他に何の仕事をしていたのだろうか。
一通り捜したが、収穫は何もなかった。車に戻ると、運転手が慌ててペントハウスを隠した。
「お待たせ」
「つ、次は、どこですかい?」
迷惑をかけるが、一人で動きたかったので、ニックをまたリカルドの所で預かってもらうことにした。
「モット通りと、ブルーム通りが交差する辺りまで行って」
「へい、わかりやしたあ」
ガツン、という音が、ギアの入れ違いではないことはすぐわかった。後ろや、横の窓が丸い穴を開けて次々と砕けていった。
「ニック、伏せて!」
「ひえええ」
「早く!、早く車を出して!」
「か、かんべんしてくれええ!」
ドアを開けようとする運転手の手を、鷲掴みにして思いっ切り力を入れた。
「今、出るとあんたも死ぬわ。早く車を出しなさい!」
運転手は、震える手でシフトを操作すると、車は急発進した。
「・・・追ってこないわね」
砕けたリアウインドウからは、車の姿はなかった。
「大丈夫?、ニック」
「う、うん、びっくりしたけど、だいじょうぶだよ」
「ああ、もうむちゃくちゃだあ!」
無理もない。ステアリングを持つ手も震えて、今にもどこかへぶつかりそうだ。
「ちゃんと行ってよ。先払いしてあるんだから」
「な、なんなんですか、あんたがたあ!?」
「心配しないで。ただの子供連れよ」
ニックの身体をかばいながら、それでもニックはなんだか楽しそうにリナの顔を見上げていた。
「待ってて」
「もう、いいですよお」
逃げ出しそうなので、ニックを置いていくことにした。
「ちょっとお、お客さあん」
血相の変わったリナに、リカルドはたじろぐほどだった。
「リコ、何でもいいから銃貸して」
「どうしたんです?、何か付いてますよ」
先刻浴びたガラスの破片を払うと、リナはもう一度言った。
「わ、わかりました。ちょっと待ってください」
リカルドは、ショウケースの向こう側に戻ると、適当な銃を取り出した。
「これで、いいですか?」
「ありがとう。用が済んだら、返すわ。弾もいい?」
「マガジンに、詰めてありますけど・・・」
「きっと足りなくなるわ」
「で、では、どうぞ」
ケースごと掴むと、リナは店を後にした。
「ま、またお越しくださいませ・・・」
リカルドは、紋切り型の挨拶をするのがやっとだった。
車は、ちゃんと待っていた。
「お待たせ。・・・どうしたの?、その手」
三日月状に血が滲んだ手を、運転手は懐に隠した。
「な、な、なんでもないです」
ニックが、にやりと笑った。
「・・・よくやったわ、ニック」
ニックは、ウインクをして親指を立てた。
「こ、今度はどこですかあ?」
「市警本部へ行って?」
「え?、し、市警本部ですかあ?」
リナが取り出した銃に、運転手は更に驚いた。
「お、お客さん、そ、それ!?」
「心配しないで。あたしこれでも警官よ。休暇中だけど」
「え、ほんと?、おねえちゃん」
ニックが急に言いだした。リナは、身分証を運転手とニックに見せた。
「へ、へい、わかりやしたあ・・・」
車がガクンと動きだして、とうとう窓が全部なくなった。
「あー、ほんとだ、おねえちゃんおまわりさんなんだ」
「あれ、言ってなかった?」
身分証をリナに返すと、ニックは胸のポケットから封筒を取り出した。
「はい。これおねえちゃんにあげる」
「ん?、なあにこれ?」
「お父さんが、おまわりさんに会ったら渡しなさいって。・・・あ、いいおまわりさんにだ」
「これを?」
封筒の中には、コンピュータ用のディスクが入っていた。
「何かしら・・・」
「悪いおまわりさんには、絶対に渡しちゃだめだって。おねえちゃん、いいおまわりさんだから、あげる」
「・・・いいお巡りさん・・・」
ディスクを封筒にしまうと、リナはニックの頭を撫でた。
「運転手さん、行き先変更。ウォール街のミリガン証券へ行って」
ニックの父親の失踪について、何らかの事件性が存在することは、どうやらほぼ間違いない。
市警本部で調べてもよかったが、ニックが“いいおまわりさん”と言ったのが引っ掛かった。
「どうしたのよ、一体!?」
タイトな黒のスーツに身を包んだシンシアは、酷く驚いた様子で一階受付に下りてきた。
「お願い、調べて欲しいものがあるの」
リナは、ディスクをシンシアに翳した。
「ディスク?、これがどうかしたの?」
「訳はあとでたっぷり話すから。お願い」
「別にいいけど、・・・その子は?」
「あ、彼?、新しい相棒」
「え?」
「とにかくお願い。時間かかる?」
「ん、ちょっと待って」
シンシアは、ディスクを受け取ると、受付のほうへ向かった。
「OKよ、リナ。こっち来て」
受付にあるコンピュータで、事は足りそうだ。
「ただの、テキストファイルと図形みたいだから」
リナは、とりあえず頷いて、画面に見入った。
「何これ?、分子構造図じゃない?」
「みたいね。あたし経済以外は苦手なのよね」
「他は?」
「テキストファイルに、何か説明でもあるかも」
シンシアがマウスを操作すると、矢印が画面を動いてウインドウがいくつも現われた。
「あった、これね」
画面に表示されたのは、確かに文章だったが、英語ではなかった。
「うわあ、なにこれ。あたし語学もだめなんだ」
「そんなこと言ってないで、何かわかる言葉ない?、名前とか」
「ちょっと待って、捜してみる」
文章が、カーソルの動きに合わせてスクロールしていく。
「あった。えっと、・・・ハンス、バーナード?、いやベルナールかな・・・?」
「・・・ねえ、・・・今なんて言った?」
「ハンス、ベルナールって」
「・・・バーナードって、言わなかった?」
「ん、英語読みじゃバーナードだけど、フランスとかじゃベルナールなのかな、って思って・・・」
ニックの頭を撫でていたリナの顔色が変わっていった。
「・・・どうしたの、リナ」
リナの中で、二つのシルエットが重なっていった。
「・・・これ、印刷できる?」
「できるけど・・・、ねえ、どうしたの?、大丈夫?」
「・・・印刷して。外で待ってる」
ニックの手を引いて、リナは一階フロアを出ていった。
『はい、ブラッグス探偵事務所です』
「もしもし、ミディ?」
『あ、リナ?』
ミディの声は、気取った営業用から一変していつものに戻った。
「ボビー、いる?」
『あ、今、席外してます。オフィスにはいるわ』
「そう・・・、じゃ今から行くって伝えといて」
『ええ、わかったわ。・・・ねえ、リナ、今度シーフードのおいしい店連れてって。こないだのこと友達に話したら・・・、あ、来た。代わるわね』
窓のないタクシーを不思議そうに眺めながら、シンシアが封筒を持ってきていた。
『どうした、リナ』
「ボビー、・・・話があるの」
『・・・わかった。バッテリーパークで待っててくれ』
「じゃ、後で」
震える声はなんとかこらえたが、震える手はどうしようもなかった。
「リナ、これ」
怪訝そうなシンシアから封筒を受け取ると、リナはシンシアに抱き付いた。
「ち、ちょっと、どうしたのよ」
伝わる温りで、リナは落ち着きを取り戻した。
「・・・休暇が明けたら、全部話すわ」
シンシアは、仕方ないという風な笑みを浮かべて、リナの背中を二度三度叩いた。
「ごめんね、忙しいのに」
「そうよ・・・。戻るわ。じゃあね」
指をひらひらさせて手を振りながら、シンシアは背筋を延ばしてビルへ戻っていった。
「・・・次は、どこですかい?」
日焼けの残った左腕をドアの枠にもたせかけて、運転手が訊いた。
「・・・バッテリーパークまで」
「へい、わかりやしたあ」
心配そうにしているニックを抱きしめながら、リナは着くまでに自分の考えを整理していた。
より潮の匂いを感じるのは、やはり窓がないせいだろう。
「ここいらで、いいですかあ?」
「ありがとう。いくら?」
「いやあ、もう先刻貰っちまった分で、十分でさあ」
「そう・・・。本当に、ありがとう」
ドアを開けて、ニックを先に出してリナも車を降りた。
「・・・また、どうぞ、いつでも声かけてくだせえ」
思いがけないその言葉に、リナは振り向いた。
「タクシー転がして十年、今日ほど楽しかった日は他にないでさあ。仲間や、子供らに、最高の土産話ができそうです。本日は、ご利用ありがとうございましたあ」
ごつい左腕は、いつまでもドアの外で名残惜しそうに揺れていた。
「・・・あの人も、いい人だよね?」
「・・・そうね」
「手噛んじゃったから、ごめんなさい言わないと」
「・・・そうね・・・」
リナは、潮風を胸一杯に吸い込んだ。この気分をいつまでも感じていたかった。
リバティ・アイランドは、遥か向こうに霞んで見えなかった。
海沿いのプロムナードに佇んでいると、心地好い風が頬を撫でていく。ニックは、少し離れたところで、大道芸人のパフォーマンスを熱心に見入っている。
「回りくどいのは、やめようぜ」
ボビーが、いつの間にかそばに来ていた。本当は気づいていたが、心のどこかで無視していたかった。
「じゃ、言うわ。・・・あなた、“ナイン”を知っていたの?」
「・・・とぼけても無駄のようだな」
脱いだ上着を小脇に抱えて、ボビーは鉄柵に凭れた。
「だったら、隠していることを全部話して」
「話してどうする。ドラッグでも用立てして欲しいのか?」
視線を海に向けたまま、ボビーは不敵に笑っている。
「ディコイがそのままジャンキーになるってのはよくある話さ。俺の場合は、少し違うがね」
その横顔を真っすぐ見つめながら、リナは鉄柵を握り締めていた。
「・・・ディーラーがあんなに儲かる商売だったとはね。刑事辞めててよかったよ」
「もういいわ、ボビー。それ以上嘘言うと、自分で収拾つかなくなるわよ」
ボビーの横顔から、笑みが消えた。
「・・・あの手入れの時、確かにあたしは、あなたが犯人と話しているのを聞いたわ。でもあなたは、彼を逃がそうとはしていなかった。説得しているよう・・・いいえ、まるで頼んでいるようだったわ。『もう止めてくれ』って、彼に何を止めて欲しかったの?、あたしが訊きたいのはそれなのよ」
「話ってのは、それだけか?」
「まだよ、見せたいものがあるの」
リナは、封筒をボビーに渡した。一瞬、彼の顔が険しくなったが、悟られまいとするかのようにすぐに元に戻った。
「知ってるのね、それが何か」
ボビーは、押し黙ったまま封筒をリナに突き返した。
「まだあるの」
ニックを連れてきたリナに、ボビーは怪訝そうな顔をした。
「誰なんだ、その子」
「・・・ニックって言うの。ずっと父親を捜しているの。名前は、ハンス・ベルナール・・・、いいえ、ハンス・バーナードって言うのかしら」
もうボビーは、表情を平静に保てなくなっていた。
「・・・バーナードの、息子?」
ニックは、不思議そうにリナとボビーの顔を交互に見つめていた。
「いま、おもしろいところなのに・・・」
「ごめんね、ニック。もういいわ」
すたすたと芸人のところへ走っていくニックを、ボビーは酷く驚いた様子で見つめていた。
「“ナイン”とハンス・ベルナールは、同一人物なのね?」
「・・・そうか、・・・そうだったのか」
ニックの後ろ姿を見つめたまま、ボビーは微笑みすら浮かべていた。
「この封筒の中身、あの子が持っていたコンピュータディスクの中にあったの。ねえ、ボビー、あなたは彼の何を知っているの?。そしてこれは何なの?、知っていることを全部教えて」
ボビーは、リナに顔を背けたまま黙っている。
「もう、あたしも狙われ始めているのよ」
その一言で、ボビーはリナを振り向いた。
「リナ・・・」
「力になりたいのよ、あなたの。お願い、全部話して。・・・お願い・・・」
今にも崩れてしまいそうな身体を必死にこらえて、リナは柵にしがみついた。
「・・・あたしたち、パートナーじゃなかったの?」
いたたまれず、ボビーはリナを抱きしめていた。
「・・・明日、オフィスに来てくれ。全て話すよ・・・」
話し掛け辛そうなニックに気づいたのは、涙が尽き果ててからだった。
雨音でリナは目を覚ました。
もうすっかりカウチにも慣れ、何日かぶりのすがすがしい目覚めだった。
大きく伸びをすると、リナはカーテンを少しだけ開けた。ジーン・ケリーの映画みたいで、リナは雨の街が好きだった。
外の暗さに、もう昼近いのもわからなくて、リナは慌ててニックを起こした。昨日のこともあるし、離れているのは危険だと思い、ニックを連れて外に出た。
「すぐ外にいるの。今からニックと一緒にいくわ。いい?」
確かに、電話はつながっている。
「ボビー?」
『・・・リナ、・・・一人で、来てくれ・・・』
気がつくと、リナは腰の銃を確かめていた。
「・・・わかったわ」
近くで売っていたアイスクリームをニックに持たせて、リナはボビーのオフィスへ向かった。
異変には、すぐに気づいた。
入り口の扉のガラスは割れ、蝶番も外れている。
「ボビー、一体どうし・・・」
自分のデスクで、組んだ手をじっと見つめながら座っているボビーを見る前に、壁一面に飛び散った血痕が、リナの目に強烈に飛び込んできた。
「な、何が・・・」
ミディのデスクの陰から、白い手が見えた。
「・・・ミディ!!」
彼女は、キッチンとデスクの間にうつ伏せで倒れていた。この前着ていた薄いグリーンのシャツは、真っ赤に染まっていた。
「そんな・・・・・・」
床に流れ出した血の海の中に、薬莢がいくつも漂っていた。
「・・・ちょっと、・・・ちょっと出かけただけなんだ・・・。先刻まで、笑ってたんだぜ・・・」
ボビーの声は震えていた。錯乱しているのか、時々笑みを浮かべていた。デスクの上に彼の銃があったが、ミディを撃ったのはもっと小さな口径の、壁の弾痕からしてサブマシンガンだろう。
友達がそこで死んでいるというのに、リナは自分が警官であることを呪った。
「ボビー!!」
彼が銃を手に取ったのを見て、リナは腰に手を掛けながら大声で叫んだ。が、彼は銃を両手でただ持って、じっと眺めているだけだった。
「・・・馬鹿な真似はしないで。・・・お願い・・・」
ボビーは銃を置くと、子供のように鳴咽しだした。
「・・・こんなことなら・・・、こんなことなら・・・」
「ボビー・・・、ミディを殺ったのは誰なの?」
リナは、ボビーの様子が落ち着くまで答えを待った。
「ボビー・・・?」
「・・・リナ、・・・このまま何も聞かずに、・・・この事件から手を引くんだ」
「無理よ。ここまで入り込んでしまったら、・・・もう後戻りはできないわ。ねえ、・・・ミディを殺したのは誰なの?」
「・・・犯人は、もうすぐ捕まる。・・・そして、このケースは強盗殺人として処分される。・・・これが、奴等のやり方さ」
「誰なの?」
ボビーは、髪を両手で掻き上げると、大きく息を吸い込んだ。
「・・・合衆国政府だ」
リナは、全身の力が抜けたように感じた。
「ボビー、あなたは一体何を知っているの?、・・・全部話してくれるわね?」
「・・・その前に、リナ、一つ君に訊きたいんだ」
鼻を大きく啜って、ボビーは赤く腫れた目をリナに向けた。
「あの子・・・、ニックとはどこで知り合ったんだ?」
「・・・憶えてない?、あたしのMTBをじっと見てた子供がいたでしょう?」
「・・・ああ、そう言えば、息子の誕生日に自転車を買ってやるとかなんとか、・・・あの時、外で待ってたんだな」
「あの時・・・?」
ボビーは、まるで自分を嘲笑するかのように微笑んだ。
「彼の素性を、詳しく教えて」
「・・・彼は、コロンビア医療センターで、エイズ治療の研究に携わっていた。ある日、彼が中心となっていたチームが、とんでもない発見をしてしまったんだ。それは、エイズには何の関係もないものだったが、研究チームは大きな興味を示した。・・・比較的簡単な精製で、ドラッグの依存性だけを消去してしまう物質を、・・・見つけたんだ」
「何ですって!?」
「九つの元素からなるその物質を、彼は“ナイン”と呼んでいた。君が見せてくれた書類、・・・あれは、彼がフランスの学会に発表しようとしてまとめたものだ。しかし医療センターは、この事実を隠匿した。学会の出席も取り消され、あろうことか彼は軟禁されてしまった」
「何故?」
「・・・リナ、俺達の最後の事件、憶えてるか?」
「ええ、憶えてるわ。昨日のようにね」
「バーナードと最初に会ったのは、俺達がコンビを解散した年の冬だった。リナ、俺は諦めたわけじゃなかったんだ。あのまま市警にいても、真実は何もわからないと思ったんだ。だから俺は、警官を辞めた。探偵稼業を始めてすぐだった、彼が訪ねてきたのは。そして、俺達の事件に、その物質が関係していることを聞かされたんだ」
手の指をしっかり組んだまま、ボビーは話を続けた。
「彼は、軟禁されている隙をついて、その物質サンプルを街にばらまいた。なんとか世間にそういった物質の存在を知らしめようとしてね。しかし、それは全くの徒労だった。既にもう、事態はとんでもない方向に進み始めていたのさ。政府筋が、この物質を利用して、ドラッグの解禁を提案したんだ」
「そ、そんな、何てことを!」
「もちろん、まだ公表されてないが、事態は水面下で着々と進行している。アメリカの麻薬犯罪がどれだけのものか、俺達が一番よく知っているはずだ。俺も、この話をバーナードから聞かされたときには、驚いたけど、少し考えたよ。もしかしたら、犯罪を減らす最良の方法なんじゃないかって」
「何言ってるのよ、ボビー!、だめよ、絶対にだめよ!」
「わかってるさ。・・・でも、それから、俺は自分のしていることが馬鹿馬鹿しくなってしまった。相手が政府じゃ、何にもできやしないってね」
「そんな・・・、ボビー・・・」
「バーナードも、そんな俺には愛想を尽かしてたよ。どこからか俺達の事件を知って、わざわざ俺のところまで訪ねてきたのに。『君は、いい警官だと思ってたが』って、出ていった」
「・・・いい警官・・・」
「それからしばらく、俺は無難な探偵稼業を続けていた。そして、今年の六月の終わりだか、七月の初めだか、・・・彼が、バーナードがまたオフィスに訪ねて来たんだ。彼の身形を見て驚いたよ。服も髪もぼさぼさで、どうやら軟禁から抜け出して、どこかに潜んで暮らしているようだった。それも、どこかのマフィアと手を組んだからだ、と彼は言っていた。そして、これが最後の頼みだ、とも言った。彼自身、限界を感じていたのだろう。でも俺は、それも断った。辛かったけど、俺には何もできなかったんだ。彼は、そんな俺を憎みもせず、帰り際に子供の話をしていたよ」
ボビーは、そこで言葉を詰まらせた。彼の目から、また涙が溢れだしていた。
「・・・その頃だった。ミディと出会ったのは」
涙が止まるのを待って、ボビーは話を続けた。
「酒場で、知り合ってから、仲よくなるのにそう時間はかからなかった。あの頃の俺は、何かにすがりたかった。彼女を愛することで、自分の弱さを隠したかった。彼女は、俺に力を与えてくれた。そして、昔の俺を取り戻させてくれたんだ」
ボビーは、ゆっくり立ち上がると、ふらつく足取りでミディの許へ向かった。
「・・・そんな時、ゲイルからディコイの話があった。バーナードの頼みを断っておいて無責任かもしれないが、今なら何かできると思って話に乗ったんだ。生きる望みも、ミディは俺に与えてくれたよ。俺は“いい警官”じゃなかったが、性根まで腐っちゃいないと信じたかった。それを示すためにも、死ぬ気でこの街を、ミディを守ろうとね」
血塗れのミディの亡骸を、ボビーは抱き起こした。
「・・・ミディ、・・・すまない、ミディ・・・」
カウチに彼女を横たえると、胸の上で手を組ませた。
「君の休暇の話を聞いたのも、その頃だ。できれば手伝ってほしかったが、休暇の理由をロイから聞いて、さすがに諦めたよ。でも、君は俺のところに来た」
「・・・最初から正直に言ってくれれば、こんなやり方・・・」
「すまないと思っている。あの時、君の涙を見て、深入りはさせないつもりだった。だけど、君は、予想以上に深入りした。いや、してしまっていた。こんなことなら、あの時君を返すべきだった」
「何を言うの、ボビー。相棒を疑うということが、どんなに辛いことか。こうなったら、徹底的に戦い抜くわ」
デスクに戻ったボビーは、ゆっくりと首を振った。
「・・・もう、だめだよ、リナ」
「なぜ!?、どうしてなの?」
「・・・やっぱり、俺達には、何もできやしないのさ・・・」
「そんな弱音吐くなんて、それでも元警官なの?、こっちには証拠があるのよ。センターや、FBIに提出すればいいじゃない」
「無駄だよ、リナ」
「どうして!?」
デスクの上のボビーの拳に、力が込められていった。
「・・・もう警察内部にも、ドラッグ解禁支持者がいるんだ。そんな奴等に渡ってみろ、証拠は潰され、俺達は確実に消される。警察だけじゃない。政府部内にも支持者はいるんだぞ」
「だったら、どうすればいいのよ!」
「時を待つんだ、リナ。バーナードが言った、“いい警官”を捜し出して協力体勢を整える。それには、時間がかかるんだ」
「だめよ、手を拱いていたら、それこそ奴等の思い通りじゃない!」
「リナ!」
銃を持ったボビーに、リナも反射的に銃を抜いて構えた。
「動かないで!・・・銃から手を離して」
「・・・頼む、今は、大人しくしていてくれ」
「・・・・・・あたしを、撃つの?」
「今、動けば、間違いなく君は殺される。それなら、・・・ここで君を撃つ」
「手を離して。・・・ボビー!」
「・・・“馬鹿撃ちボビー”に、勝てやしないさ・・・」
ボビーの銃が、リナを捉えた。
響いた銃声は、一発だった。
硝煙の向こうで、赤い飛沫が跳ね上がった。
「・・・ああ・・・リナ・・・」
「ボビー!、どうして!?」
作動しなかった銃を、ボビーは静かにデスクに置いた。
椅子から崩れ落ちるボビーを、リナは渾身で抱き留めた。
「・・・な、リナ・・・、銃の点検を怠ると、・・・こう、なるんだよ・・・」
「ボビー、しっかりして、ボビー!」
「・・・・・・リナ、・・・頼むから、・・・手を引いてくれ」
「・・・わかった、わかったから、・・・もう喋らないで・・・」
小刻みに震えるボビーの手が、リナの顔を撫でた。
リナは、その手を掴んで、頬に当てた。
「・・・リナ・・・、警察には連絡するな・・・、俺も、ミディと一緒に殺されたことに、するんだ、そうすれば・・・、君にまで手は及ばない・・・」
「馬鹿ね、死なないわよ。あたしたち“無敵”でしょう?、ねえ、ボビー!」
「・・・そうさ、無敵さ。・・・でも、君は敵じゃないから、やられたんだ。・・・はは、なんてな・・・」
「下らないこと言わないで。ボビー、しっかりしてよ」
「・・・ニックのこと、よろしく、・・・頼む。・・・いい警官でなくて、・・・ごめんなって・・・言っといて・・・・・・」
それ以上、ボビーの口が動くことはなかった。
「ねえ、ボビー・・・、ボビー!!」
ラ・ガーディア空港の週末は、観光客で溢れ返っている。
田舎の両親の、驚きの中にもやはり喜びを隠せない様子が、電話越しにもリナにはわかった。
慌ただしいスケジュールだが、しばらくNYを離れたかった。来週からはまた、あの悪夢のようなハードスケジュールが待っている。
ただ、ニックのことをどう説明していいものか、とうとう電話口では言いだせなかった。
飛行機の中でゆっくり考えるとして、リナとニックは搭乗手続に向かった。
リナの本当の休暇が、ようやく始まろうとしている。
◇
「・・・悪いことしたわね」「本気か?、そうは見えないぞ」
「あなたこそ、よくああいうことを考えられるわね。脱帽ものだわ」
「殺してって言ったのは君だぞ!?」
「あら、そうだったかしら」
「でもこれで、強力な味方ができた」
「そうね。苦労した甲斐があったわ」
「リコにも迷惑かけたしな」
「それよ。あのブランクと弾着のトリック、一歩間違えたら、あなた本当に死んでいたわよ?」
「ああでもしないと、あいつはだめなんだよ。一人で突っ走って死なれたんじゃ、元も子もないからな。ようやく体勢が築かれ始めたってのに」
「・・・これから、本当の戦いが始まるのね」
「ああ、そうだな。バーナードの死を無駄にしないように、残った俺達でなんとかしていかないと」
「ねえ、帰ってきたら、彼女に全部話すつもりなの?」
「そのつもりだが?」
「あたしが、CIAの人間だってのも?」
「ああ」
「本当は二十九歳だってのも?」
「もちろん」
「・・・そうね、いずれは、話さなければならないことね」
「やってくれるさ彼女は。俺よりずっと優秀だからな」
「それもそうね」
「・・・さ、帰って掃除の続きでもするか。本物の血使ったから、落とすのに一苦労だよ」
「ねえ、彼女帰ってきたら、空港まで出迎えに行かない?」
「悪趣味だな、君は」
第6回ジャンプ小説大賞一次選考通過
(c) 1996-
crescent works All Rights Reserved.
