1995

私立普門学園高校 #1 ~ようこそ!天気予報部へ~

「・・・桜だな」
「・・・咲いてるな」
「きれいだな」
「ああ・・・」
「・・・向こうは、もう散り始めてるな」
「ほんとだな・・・」
『あーあ』
 教室のベランダに佇む二人の溜息の訳は、三年生なりにまあいろいろとある。
 斎藤卓巳の場合、進路を楽な東京の私大か、難しいけど授業料のかからない地元の国公立大かどちらにするかとか、新しいパソコンソフトは欲しいが、バイトは続けたいし、かといって勉強する時間も要るし。
 片山俊也の場合、美術系の専門学校へ行きたいけど、親は家業を継げとうるさいし、姉のごたごたで家の周りには得体の知れない野郎どもがうろついてるし、ムース切らして前髪ふにゃふにゃだし。
 しかし、二人揃って最も悩みの種なのが、クラブのことなのだ。
「・・・なんで天気予報部なんかつくったんだよ」
「今更そんなこと言うなよ。お前だってノリノリで天気図書いてたじゃねーか」
 入学当時、地学担当の教諭が、お天気お姉さんを姉に持つ俊也を見つけて話を持ち掛けたところ、隣の席で耳をダンボにしていた卓巳がこれを聞き付け、もともと気象には興味があってやっぱり地学は得意で、ゆくゆくは気象予報士を目指している卓巳にとっては願ってもない話ということで、新部発足条件の最低規定人数をギリギリでクリアして、晴れて天気予報部が誕生したのだった。
 一学期間の研修を終え、二学期から本格的に活動を開始、コンピュータ部、電波研究部、放送部との提携により、各気象データ受信装置を設置、校内に限られるが独自の予報を出せるまでに至った。
 しかしあろうことか、言いだしっぺの地学教諭は翌年に転任、新入部員も来ないままに天気予報部の二年目は過ぎた。
 そして三年目の今日、放課後部活終了午後六時を以て、今年度の新入部員の募集は締め切られるというのに、昼休み現在一人として来ていないのだ。
「・・・まあ、駆け込みってのもあるからさ」
「今まで来ねーもんが来るわけねーよ」
 俊也が、ベランダの手すりに乗せていた手を広げて、何やら指折り数え始めた。
「どれくらいで、廃部が決まるんだ?」
「縁起でもないこと言うなって。・・・まあ、夏休みまではもつだろうけど」
「三ヵ月か・・・、あ、長期予報出したか?、最後の」
「最後の、って何だよ」
 卓巳は、不満そうに口を尖らせながら、手すりに背を向けた。薄めた青空が、頭の上に広がっていた。
 名前が晴男というだけで天気予報部の顧問にさせられた、本当は野球部副顧問の村山晴男は、もちろん部の存続など心配していない。
「村山先生、来ましたか?、入部届」
「おう、来てるぞ」
 放課後、国語教員室に村山を訪ねた卓巳は、机の上で先生が整理している入部届の束に目を奪われた。
「あ、天気部はないぞ。これは野球部のだ」
 座高の高い背中を丸めながら、先生の小さな顔がいやらしく綻んだ。
「そ、そうですか・・・」
 糠喜びに、紺ブレに包んだ左肩を落胆させながら、卓巳は回れ右をした。
「部室で待ってろ。野球はツーアウトからだ」
 慰めか嫌味かよくわからない言葉を背に受けながら、卓巳は部室に戻った。
 今年、部室が放送部の間借りになったことから、部活評議会内ではもう廃部は決定的と見られているのだろう。
 申し訳程度に部屋の隅を仕切って、横長の机に気象データ受信用の機材が並べられ、椅子がぞんざいに部員の数だけある。
 間仕切りから卓巳の浮かない顔が出てきた。
「最終予報は、そのままでいいな?」
 入部届のことなど訊いても無駄なことはわかっているので、俊也は部活終了時に出す明日の最終予報の画像を、パソコンの画面に出していた。
「ああ・・・」
 卓巳は、力なく椅子に座った。反動で、キャスター付きの椅子が二回転半した。のーてんきな太陽が、モニターの中でニコニコしてやがる。
「・・・最後まで待とーぜ、野球もツーアウトからって言うじゃねーか」
 こいつもか、と思いつつ、卓巳は椅子にもたれて、どうみても趣味の悪い色のネクタイを緩めて窓の外を見た。
「・・・ん?」
「どうした?」
 卓巳は跳ね起きるように立ち上がり、窓の側に立った。
「・・・雨雲だな、ありゃ」
「あん?」
 俊也も続いて見てみると、傾いた西日を覆うようにして灰色の雲が広がってきた。
「おいおいおい」
 俊也はパソコンを操作して、周辺地域のレーダー画像を呼び出した。
「ん・・・、確かに来てるな、この辺に」
「まいったな、大気状態は安定してたはずなんだが・・・」
 モニターを覗き込んだ卓巳は、口惜しそうに爪を噛んだ。
「この分だと、部活終わった連中が家に着くぎりぎり、ってとこか」
「いや、それまでもつかどうか」
 卓巳は、モニターを尻目に踵を返した。
「降雨情報を出そう。絵を準備して・・・」
 間仕切りの間から、人の顔が覗いているのに、卓巳は気づいた。
「・・・あの、し、失礼します」
 一礼して唇に挟まった髪を指で解きながら、その女生徒はおずおずと前に踏み出た。
「・・・ここ、放送部じゃないけど」
「え?、あ、はい、わかってます・・・」
 どうでもいいことだが、キュロットじゃなく、プリーツのスカートが制服にあったとは、卓巳は全然知らなかった。ここを捜し回ったのか、紺のジャケットを腕に抱えて、クリーム色のニットベストが少し暑そうだった。
「・・・も、もしかして、もしかすると、・・・入部?」
 椅子の足に自分の足首をぶつけたのをまるで意に介せず、なぜか忍び足で俊也は彼女に近づいた。
「あ、はい・・・、あの、これ」
『やったーっ!!』
 びくついて驚く彼女を置き去りにして、二人は抱き合って飛び上がって跳ね回って狂気乱舞した。
「こ、これで、廃部しなくて済むぞ」
「やったぜ、逆転満塁サヨナラだーっ!」
『ひゃっほうっ!!』
 彼女はちょっと不安になった。さもありなん。
「・・・あの、これ・・・」
 ようやく二人は我に返って、彼女が差し出した入部届を受け取った。
「ボケなしね、すっとこどっこいなクラブ名書いてない?」
「ないない、ちゃんと天気予報部って書いてある」
 二人向かい合って、受け取った入部届をにやついた顔で眺めている。
「ようこそ、天気予報部へ」
 二人から交互に握手を求められ、怪訝そうな引きつった笑みが、彼女の顔に浮かんだ。
「えっと、山部まり、ちゃんね。1のA組と。入部の動機なんかなくてもいいや、あははっ」
「俺は副部長の片山。こいつは部長の斎藤。去年はさ、ちゃんと部室あったんだけど、廃部寸前でこんなとこに追いやられちゃって。でもこれでまた元の部室に・・・」
「あのう、一つお聞きしておきたいんですけど・・・」
 彼女は、二人のバカより一回りも二回りも小さな身体を身じろがせて、胸の辺りに組んでいる手を心臓が飛び出ないように押さえている。
「いいよ、なんでも言って」
「どーぞどーぞ、なんでも聞いちゃう」
 彼女のつぶらな瞳が、遠慮がちに下を向いた。
「・・・あたし、雨女なんですけど、それでもいいですか?」
『へ??』
 バカ二人は、互いに顔を見合わせて、今聞いたことを頭の中で反芻しているようだ。
「・・・・・・あ、斎藤」
 俊也が、窓を指差した。
「そ、そうなんだ・・・、へえ・・・」
 外は、いつのまにか雨が降っていた。サヨナラホームランのバッターが、ホームイン手前でずっこけたような気分だった。
 かくして、天気予報部の危機は救われた。たぶん。

「桜、散ったな・・・」
「雨降ったからな・・・」
「もったいないな」
「ああ・・・」
「・・・まだ向こうのほう残ってるな」
「ほんとだな・・・」
『あーあ』
 背に腹はかえられない、とは、まさにこのベランダの二人に当てはまる言葉だろう。
「・・・雨女っつっても、科学的に立証されてるわけでもないし、そんなに深く考えることもないと、・・・思うけど」
「そりゃそーなんだが、・・・初登場でいきなりああだからなー、インパクトあるぜ」
「まあな・・・」
 早弁ぶっこいた野郎どもが、校庭でサッカーボールを転がしている。
「・・・でも、よかったな」
「そうだな、これで首もつながったし」
「そーじゃなくてさ」
「・・・何だよ」
「女の子が入ってさ」
「なんだぁ?」
 右と左がまるで別人のように、卓巳は顔を歪ませた。
「よかったよ、うん・・・」
「手出すんじゃねえぞ」
「わかってるよ。・・・お前こそ、抜け駆けすんなよ」
「俺は、なんていうか、ちょっとタイプじゃないな」
「お前のタイプは偏屈だからよー」
「うるせえや」
「結構彼女いいセンいってると思うよ。髪型なんかかわいいじゃん、すーっと顎の下まで伸びてて、ちょっとだけくるんって内側に巻いててさ、どこぞのバカ女と違って、ナチュラルにちょっとだけ茶髪しててさ、いいよなー」
「・・・ああ神様、このお導きは正解だったと、思いたいな、ったく」
 昨日と同じ、薄めた青空の下で、少しだけ贅沢になった悩みの種に、二人は溜息を量産し続けた。
「おはようございまぁす」
「あ、おはよう」
「おぃーっす」
 すっかり業界挨拶も板について、三つ目の椅子もやっと届いたころ、俊也はある提案を思い付いた。まりが席を外したのを見計らって、それを卓巳に提示した。
「え?、彼女にフォアキャスターを?」
「ああ。放送部とは、もう交渉済みだ。あとはお前と、まりちゃんのOK待ちなんだがなー」
 気象予報士の資格を持って、テレビメディアで天気予報を務めるキャスターを、業界ではフォアキャスターと呼んでいる。ごく最近の動向で、俊也の姉がそうだ。
「昼休みに時間もらって放送するんだよ。人気出るぞー、我が高のお天気お姉さん」
「待て待て、どうして話をそう先へ進める?、部長の俺に一言もなしかよ」
「反対しても無駄だぞ、いや、反対する理由もないはずだ」
「・・・あるんだよ、それが」
 俊也の顔が「しまった」と言ったまま動かなくなった。
「わ、忘れてたーっ、最大の欠点をっ」
 放火魔の消防士とか、高所恐怖症の鳶職人とか、山羊の郵便屋とかと恐らく同列なのだろう、雨女のお天気お姉さんというのは。
「・・・でもまあ、まんざらでもないか」
「この件は、ぶ、部長に任せるよ」
 視線をおどおどさせながら、俊也はパソコンに向かった。
「粘りがねえのな、お前って。こういうときだけ部長かよ」
 我関せずといった表情で、俊也はマウスを転がしている。
「・・・わかったよ、彼女には俺が話すよ」
 とはいうものの、どうやって話を切り出したらいいか、ルックスだけではフォアキャスターなど勤まるはずもなく、気象に関するある程度の知識が必要になる。自分で理解していないものが、人に伝わることなどないからだ。
「あのー、もうすぐ四時ですけど・・・」
 まりが、間仕切りから上半身だけ出してきた。
「ああ、そうか。よし、じゃラジオつけて。今日は生で聴きながら書いてみようか」
 机の上に、天気図用紙が置かれた。コンパスと、赤と青と紫の鉛筆も置いてある。
『・・・長春では、西北西の風、風力7・・・』
「・・・そう、風力こっちにもう一本」
『・・・天気は、砂塵あらし』
「えーっ!、なんですかそれ!?」
「あははは、飛ばして飛ばして」
 まりの後ろに立って、卓巳が天気図の書き方を教えているのを見ながら、俊也は帰り支度をしている。
「・・・砂塵あらしってか、ははっ」
「あれ、どこ行くんだよ、片山」
「俺、バイトあるから先帰るわ、あとよろしく」
「バイトってお前・・・」
「じゃ、まりちゃん、いろいろ頑張ってね」
「あ、お疲れさまでしたあ」
 含みのある笑みを残して、俊也は間仕切りの向こうに消えた。
「斎藤さん、へーそくぜんせんって何ですか?」
「・・・飛ばしていいよ」
 俊也の要領の良さは、少しは見習わなければと卓巳は思った。実家の手伝いもバイトと言えばバイトだ。
 日が長くなっていたのを忘れて、ついつい夕暮れになってしまった。
「ごめんね、こんなに遅くまで」
「いいえ、そんなことないです」
 途中でふけた俊也の代わりに、まりにいろいろと部の仕事を手伝ってもらった。いい研修になっただろう。
 一学期で三年生は部活を引退する。いずれ、まりがやらなければならない仕事だ。少し急ぐ必要があるかもしれなかった。
「・・・今日は、降りそうにないね」
 窓際に立って、星が煌めきだした空を見上げて、卓巳が言った。
「いつもってわけじゃないですよ」
「それもそうだ」
「・・・ただ、大事な日には、必ず降るんです。なんか、いじめられてるみたいで」
「そうか・・・、でも空に嫉まれるなんて、よっぽどだな」
 まりも、空を見上げた。
「さ、帰ろうか」
「はい」
「バス?、電車?」
「電車です」
「じゃ、駅まで一緒に行こう」
「あ・・・、はい」
 まりが少し躊躇したのが気になった。警戒されているのかもしれないとふと思ったが、そんなつもりは毛頭ないのでそそくさと部室を出た。
 辺りはすっかり暗くなったが、野球部のノックの音はまだ校門まで響いていた。
「部室さ、まだ都合つかないみたいでさ、もうちょっと我慢して」
「あ、はい」
 まりは、卓巳の右目の視界ぎりぎりのところを見え隠れしていた。卓巳は、少し歩く速度を緩めた。
「どう?、やっていけそう?、このクラブ」
 卓巳は、ポケットに突っ込んだ右手の肘が、彼女の後ろ側になるようにして並んだ。
「・・・はい、大丈夫です」
 とは言ってくれたものの、どこか社交辞令的なところがあるのは仕方ない。
「ばたばたすると、思うんだ。・・・ほら、俺達三年だから、夏までで部活引退だろ?、それまでにいろいろ教えることがいっぱいあるからさ・・・」
「はい・・・」
 話す順番を間違えたかもしれない。フォアキャスターの話が、切り出し辛くなってしまった。ただでさえ教えることがあるのに、その上まだキャスター紛いのことをさせようとしているのだから。
 狭い歩道が広くなって、二人の距離も少し広がった。
「・・・まだ訊いてなかったよね?」
「え?、何ですか?」
 卓巳は、わざと声を小さくして言った。遠慮がちなスタンスは、元に戻った。
「入部の動機というか、理由というか・・・」
 急に彼女の足取りが重くなり、卓巳は慌てて身体ごと振り向いた。
「いや別に、そんなのどうでもいいんだけど」
「斎藤さん・・・」
 初めて、まりが卓巳の顔を見つめた。
「もし、あたしが、斎藤さんの彼女だったとしたら、あたしのこと嫌いになりますか?」
 思わず、卓巳は立ち止っていた。
「どういう、こと?」
「雨ばっかりなんですよ?、会うときはずっと。デートも、ピクニックも、ずっと雨なんですよ?」
 彼女の強い口調に、卓巳は正直言って少したじろいだ。
「嫌でしょう?、そんなの。・・・クラブに入って、それが治るとは思いませんけど」
 まりの険しい表情を和らげようと、卓巳はありったけの微笑みを浮かべた。
「・・・俺、雨好きだよ」
 まりは、我に返ったように開いた口を掌で塞いで、また俯いた。
「・・・雨は、とても大切なんだ。水蒸気が上空で集まって雲になり、冷えた水蒸気は水滴に変わって、それが雨となって地上に降ってくる。雨は大地を潤して、草花や動物に生命を与える。そりゃ、洗濯物は乾かないし、ピクニックだって中止になるけど、雨だからって塞ぎ込むより、雨を楽しむことを考えようよ。嫌なことを逃げないでさ」
 説教っぽくなってしまったのを、卓巳は苦笑いでごまかした。
「さ、遅くなるから、早く帰ろう」
 俯いたままのまりの背中を押して、やっと彼女は歩きだした。一度だけぽん、と背中を軽く叩いて、卓巳は右手に鞄を持ち替えた。

 桜の木は、すっかり緑色に変わってしまった。葉桜ってやつだ。どんより曇った空を見上げながら、卓巳は性懲りもなく午後の溜息をついている。今日は、いつもよりマジな溜息だった。
 卓巳は、やはり天気予報部を廃部しようと考えていた。
 まり一人に何もかも押しつけるのは、あまりにも無謀過ぎる。顧問もあてにはならないし、二学期になって自分達が抜ければ、彼女たった一人になってしまう。どんなに頑張ってくれても、クラブの仕事は一人では到底できない。ましてや、彼女をクラブに縛り付けることなど、自分にはできるはずもない。
 せっかく入ってくれたまりには申し訳ないが、彼女のためにもそのほうがいいだろうと、卓巳は思った。
「おう、一人で寂しそーだから来てやったぞ」
 ゲジ眉の辺りに笑みを浮かべながら、俊也がベランダにやってきた。
「昼飯も食わないでどこ行ってたんだ?」
「まあまあ、それより斎藤、話したか?、フォアキャスターの件」
「・・・どうも、切り出しにくくてな」
 軽くかぶりを振ってから、卓巳は力なく答えた。
「だろーな。ま、いーや」
 手すりにもたれた俊也だが、盛んに時計を気にしている。
「ん?、なんだ、待ち合わせでもしてるのか?」
「あ、いや、ちょっとね」
 しばらく二人は、グラウンドで食後の運動をしている野郎どもを眺めていた。
「・・・なあ、片山」
「ちょっと、昼の放送見よーぜ」
 まるで話し掛けるのを待っていたかのように、俊也が卓巳のセリフを遮った。
 毎日昼休みに、放送部が番組を制作して校内に放送している。三十分程度の日替わり帯番組だが、月曜日の校長の話以外はなかなか好視聴率らしい。
「・・・放送部と話してたんだけどさ、もし、天気予報のコーナー入れるとしたら、この後くらいになるんだ」
 卓巳は、教室前の二つの隅に釣り下げてあるモニターで、今週の特集である校内紹介の映像をぼんやり見ていた。
『・・・続いて、天気予報です。今日から新しくなりました。では早速お願いします・・・』
 切り替わった映像に、卓巳は開いた口が塞がらなかった。
『・・・こ、こんにちは、天気予報部の山部です。それでは、今夜の天気お伝えします・・・』
「お、おい、これ・・・」
「こういう風に、したいんだ」
 俊也は、してやったりという風に笑みを浮かべていた。
「お前、・・・あ、・・・この野郎」
「まあまあ、彼女のデビュー見てやれって」
 言葉にならない反論をしまって、卓巳は言われたとおりモニターを見た。
『・・・以上、天気予報でした』
「おー、なんとかクリアしたな」
 心臓が恐ろしく早打ちしているのに、卓巳は気がついた。まりはきっと心臓が飛び出そうになっているに違いない。
「斎藤、あの子お前んとこのクラブか?、今度モデルに貸してくれよ」
「うるせえ木島、黙って弁当食ってろ」
 この他にも、反響はいろいろあった。俊也が言ってたように、人気は出そうだ。
「・・・ん、これならなんとか、やっていけそーだな」
「勝手なことしやがってお前は」
 卓巳は、早足で教室を出ていった。卓巳に呼び掛ける声が、あちこちから聞こえてきた。
「・・・ったく、どいつもこいつも・・・」
 放送室の前まで来ると、ちょうどまりが中から挨拶しながら出てきた。
「あ、斎藤さん」
 まりは、小走りに廊下を駆け寄ってくると、満面の笑みを浮かべてから、少しだけ恥ずかしそうに視線を落とした。
「お疲れさん。見てたよ」
「片山さんのお姉さんみたいにはできないですけど、頑張ります」
 辛うじて微笑んで、卓巳は頷いた。
「じゃ、また放課後」
 恥ずかしそうに下唇を軽く噛んだまま、まりは一礼して立ち去った。
 予報通り、放課後は雨になった。
 卓巳より早く、俊也とまりは部室に来ていた。楽しそうな話し声が、間仕切りから漏れていた。
「よ、斎藤」
「あ、お疲れさまです」
 卓巳は、疲れたように手振りで返事して、机に鞄を置いて椅子に座った。
「なーなー、結構反響すげーぞ」
 椅子をすーっと滑らせて、俊也が擦り寄ってきた。
「あのたどたどしさが妙にウケてるんだよ、な、まりちゃん」
「はい。先刻ファンレターもらっちゃいました」
「ほら、部長さんに見せて見せて」
 まりが差し出した紙切れを無視して、卓巳はおもむろに立ち上がった。
「盛り上がっているのに水を差すようで悪いが、・・・天気予報部は今週一杯で解散だ」
 俊也のにやつきも、まりの笑顔も一瞬にして凍り付いた。
「・・・ど、どーゆーことだ?、説明しろ」
「先刻、顧問に廃部届を出してきた。山部には本当に申し訳ないが、今月中ならまだ他のクラブへ移ることもできる。考えておいてくれ」
「ちょっと待てよ、斎藤!」
 机を叩いて、俊也が立ち上がった。
「えらく勝手なことをしてくれるんだな、え?、部長さんよ」
「お前はどうなんだよ。そっちこそ勝手にどんどん先走りやがって」
「なんだと?、彼女がこんなにやる気になってくれてるんだぞ。・・・昨日だって、夜遅くまで電話で原稿読みして、姉貴にも手伝わせて、朝だって、早めに来て練習してたんだぞ。それを、自分勝手な都合で、何もかも無駄にしようってのか、え?」
 今にも掴み掛かりそうな俊也に、卓巳は窓際まで追い詰められた。
「・・・片山、よく考えてくれ。俺達は、一学期が終わればいなくなるんだ。そしたらどうなる?、天気予報部は彼女一人だ。どんなに一生懸命やってくれても、一人じゃ限界があるだろ。彼女にそんな苦労を負わせるなら、ここで部を解散させたほうが・・・」
「あたし、やります」
 目に涙を一杯溜めて、まりが立ち上がっていた。
「・・・もう、決めたんです。ずっとこのクラブにいるって。・・・一人になってもやります」
「いや、しかし・・・」
「・・・あたし、逃げません。雨を好きになるまで」
 まりの目から、涙はとうとう溢れなかった。
「・・・あ、四時だ・・・」
 我慢していたように大きく溜息をついて、まりはラジオのスイッチを入れた。
『・・・日本の南部には、低気圧があって、停滞前線が東シナ海から関東地方に伸びています・・・』
 天気図用紙を広げて、まりは身構えた。
「・・・どーするんだ、部長さんよ」
 卓巳は、爪を噛みながら窓の外を見た。しとしとと降っている雨は、まだまだ止みそうにない。
「・・・ちょっといいか」
 間仕切りの間から、顧問の村山先生が顔を出してきた。
「はい、なんすか?」
 微動だにしない卓巳を一瞥して、俊也が応対した。
「なんか、俺んとこに一年生が四、五人やってきてさ、入部したいんだってさ」
「え!、何ですって!?」
「連れてきてるんだけど、いいか?」
 みんな一斉に先生のほうを向いて、次いで間仕切りの向こうを覗くようにした。
「いいっすよ」
 先生が声をかけると、恥ずかしそうにぞろぞろと一年生がやってきた。動機は不純だが、背に腹だ。
「おい、どーする部長さんよ」
 俊也が、嬉しそうに卓巳を肘で突いた。
「斎藤さん」
 ラジオをつけたまま、まりも嬉しそうに微笑んでいる。
「んっ、おほんっごほんっ」
 咳払いひとつふたつ、紺ブレの襟を正して、卓巳は新入部員の前に進み出た。
「・・・ようこそ、天気予報部へ」
 テレビドラマならこういうとき、きっと雨はあがって青空なんか見えるんだろうけど。
『よろしくお願いします』
 気が利かねーの。
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