1997
for eyes only
ブルーグレイの防弾装備に小柄な身体が埋もれている。大きな丸い瞳は、あちこちさまよって落ち着かない。薄赤い唇は何度も乾き、そのために何度も舐める。ブローニングの丸い小さなハンマーを起こして、サヤカ・F・クローバーは戸口の脇に立った。このブローニングなら、多弾倉でもグリップが薄いので握りやすい。サヤカは、もう一度握り直した。
ニューヨーク再開発区域に指定されている旧ハーレム地区で、不法投棄された“マスク”が建物内に潜伏しているとの通報を受け、USPD2055分署の捜査官二名が急行したのは午後二時。
この辺りの時間はあの時ですっかり止ってしまっている。剥がれた壁からは錆びた鉄骨が、埃の溜まった板張りの廊下は今にも抜け落ちそうだ。付近に散乱しているアンプルの数からして、少なくとも五体のマスクが潜伏していると思われる。
「いいか、サヤカ。一発で仕留めるんだ」
反対の戸口に立ったブルー・J・エマーソンは、銃身の長いマニューリンを顔の横で構えている。落ち着き払った物腰が、その若さを剥いでいるようだ。
「了解」
サヤカは、短く切った黒髪を掻き上げて、マスクが発する特定の赤外線に反応するゴーグルを付けた。
「早く慣れることだ。せっかくの美貌が台無しになる」
微笑みも、シャドウグラスの奥に消えた。
「行くぞ、・・・1、2、3!」
ブルーの蹴破ったドアが、壁に当たって砕け散った。
「警察だ!、お前らを処分する!」
五体のマスクは、ただその場に立ち尽くしているだけだった。ブルーが窓際のマスクを撃つ。ゴーグルの中のシルエットが、両手を挙げて次々と倒れた。
「サヤカ、撃つんだ!」
サヤカは、言われるままにブローニングを構えた。フロントサイトの向こうに、呆然と立ち尽くしたままのマスクの姿があった。
「何をしている!、撃て!」
腕の震えは、照準補正装置の許容範囲を超えていた。右腕を這うワイヤーケーブルが軋み、サヤカの撃った弾はマスクの肩をかすめた。
「サヤカ!」
サヤカは、自分の撃った弾が外れたことに気がついた。肩を押さえて、マスクはゆっくりと立て膝をついた。
「うわあああっ!!」
ブルーが、凄まじい形相で銃をマスクに向けた。銃声が消えるほどの叫び声を上げて、ブルーは残弾を撃ち込んだ。
「エマーソン・・・」
シリンダーが空撃ちで回っているのにも気づかず、ブルーはトリガーを絞り続けた。
「エマーソン!」
ブルーは、我に返って両膝に手を付いて屈んだ。五体のマスクの処分は、終了した。
「・・・次からは、外すなよ」
吐きそうなくらいの嫌悪感が、サヤカの全身を貫いていった。
「・・・こちら2055エマーソン、処分終了、帰投する」
サヤカは、自分が撃ったマスクに歩み寄っていった。マスクの顔面を覆っている灰色の仮面は、二つに割れていた。サヤカは、その仮面にゆっくりと手を掛けた。
「サヤカ!、何をしている!」
ブルーがサヤカの腕を掴んだ拍子に、灰色の仮面の奥から顔が現われた。
「はっ!」
それは、サヤカに瓜二つの女性の顔だった。
喉の奥が締め付けられている気がして、サヤカは目が覚めた。またあの夢だ。溜まった唾を飲み下して、サヤカはバスルームへ向かった。
秩序を取り戻した世界には、もうマスクは不必要な存在となった。散々こき使っておきながら、用が済めば処分する。やはり人類は絶滅しておくべきだったのだろうか。
灰色の仮面は、人間でないことの印。処分課の先輩が口を酸っぱくして言っていたのが、「一発で仕留めろ」。目の前で少しでも人間らしい振る舞いを見せられたならば、もうマスクを処分することはできない。だから、一発で心臓を、頭を撃ち抜く。
流れる血は、それでも赤い。
USPD2055分署は、旧マンハッタン地区を受け持っている。ロウアーサイドに居住区はあるが、人口は推定で十万人ほどしかない。ほとんどが連邦職員か再開発プロジェクトの関係者だ。
「大丈夫ですか?」
挨拶のあとに、エディ・K・クウインスが心配そうに訊いてきた。彼にしてみれば、話をするいい切っ掛けである。サヤカにも心当りがある。新しい部署に慣れるために、何かと話のタネを見つけて相棒に話し掛けたものだ。
「ねえ、気晴らし付き合わない?」
捜査課もここのところそんなに忙しくないようで、処分班の二人に手伝いの声は掛からない。
「ええ、いいですよ」
二人は、地下のシューティングレンジに向かった。
射撃のスキルは、殊に処分班要員に関しては重要である。人口が回復してきた今でこそ言えることだが、エディの腕はUSPD内でもかなり優秀である。
「誘ったあとでいつも後悔するのよね」
一マガジン撃ったにも関わらず、エディのターゲットには一センチの穴が一つ空いているだけだった。
「いやあ、俺はこれだけですよ。他は全然」
エディは、白い歯を見せて照れ臭そうに笑った。太い腕の筋肉が、褐色の肌のせいで更に隆々と見える。
「それで充分よ、エディ」
『処分班へ、セントラルパーク南にて、マスクによる104発生、至急急行されたし。繰り返す、処分班へ・・・』
サヤカの手は、反射的に予備の弾丸を一ケース掴んでいた。
「捜査課も来るそうです」
「そう」
車は、六番街を北上した。略奪や騒乱の跡があちこちでまだ生々しく残っている。
「ここ最近ですよね、マスクがいろいろやらかすようになったのは」
長期間放置されたとはいえ、マスクが自ら行動パターンを変更できるわけがない。センターでも内偵は始まっているが、まだ何も掴めていないのが現状だ。推測だが、不法投棄されたマスクを集めて、何事か目論んでいる組織があるらしい。
衛星追尾で、通行人を襲ったマスクは貯水池の北側に潜んでいることがわかった。人間より四度低い体温なので、衛星からでも識別が可能だ。
『サヤカ、なるべく拘束しろ。止むを得ない場合は処分しても構わん』
捜査課としては104で立件したいのだろうが、被疑者がマスクだとそう簡単にはいかない。処分したあとで被害者が民事訴訟でもしようものなら、こっちにとばっちりがくる。
「素直な子だといいけど」
サヤカは、ブローニングのスライドを引いた。
『衛星探知、ターゲット消失』
ステアリングを握っているエディが、不安そうにサヤカを見た。
「地下鉄・・・」
この辺はINDの8番街線が走っていた。地下鉄を含め、市内の地下施設は全て閉鎖されているが、事実上、地下は彼らの根城になっている。ターゲットが消えた辺りで、サヤカは車を停めさせた。
「逃げられましたね」
エディが、ほっとした様子で辺りを見回した。もはや公園と呼ぶには程遠く生い茂った草木が、足元に絡み付いている。
『被疑者逃走につき、捜査課はこれで帰投する。そっちも適当に切り上げろ』
「2055クウインス、了解」
サヤカは、車のルーフに腕を乗せて辺りの様子を窺っている。
「どうします、サヤカさん?」
「そうね・・・、たまには追ってみる?」
サヤカは、ゴーグルを下ろして銃を手に歩き始めた。僅かだが、残留熱の反応がある。
「エディ、あたしから離れないでね。どうなっても知らないわよ」
「り、了解」
十一月だというのに、歩いているだけで汗が滲んでくる。暦も今は単なる便宜に過ぎない。サヤカは、冬という季節を辛うじて憶えていた。
「サヤカさん!」
エディが後方で銃を構えた。だが、その緊張は落胆に変わった。
「犬・・・?」
残留熱の行き着いた果ては、野良犬だった。
「・・・帰りましょうか?」
「・・・そうね」
サヤカはゴーグルを上げて、目の下の汗を拭った。
「あーっ!」
先に車に戻ったエディが、中を覗きこんで声を上げた。
「どうしたの?」
「やられました・・・」
ダッシュボードの無線機がごっそり持ち去られていたのだ。
「今の間に?」
サヤカは、辺りを見回した。ジャングルは何もなかったように佇んでいる。
「ウカツでしたね・・・」
パスコードが判らなければ使えないし、売って金になる代物でもない。おまけに、セキュリティ装置で六時間後には爆発する仕組みだ。
「始末書書いといてね」
「・・・はーい」
一番損したのはエディだろう。
「やっぱり、地球に不必要なのは人類じゃないかって、思えてくるんですよ」
高架部分の補修が完了したイーストリバーハイウェイに乗って、処分班は巡視任務に就いていた。
「見てくださいよ、川の色。吸い込まれそうですよ」
エメラルドブルーと既成の言葉で表すのは容易い。環境保護問題が人類の絶滅によって解決するというのは、もはや極論ではなくなった。五十億人という尊い犠牲によって、地球は本来の色を取り戻したのだ。
「犠牲というより、自戒といったほうが正しいのかしらね・・・」
「西も回りますか?」
「ええ」
「じゃ下ります」
サヤカは、腿に巻き付けたホルスターから銃を抜いた。
「処分班か・・・。いつになったら・・・」
「え?、なんですか、サヤカさん」
「・・・いえ、なんでもないわ」
労働力を補うために生産されたマスクは、数千万とも数億とも言われている。医療用クローン技術を転用し、生き残った僅かな科学者が世界の復興のために造り上げた。当初は重宝されたマスクだが、ここにきて生理機能に障害が出始めた。回収して治療するにも莫大な経費がかかり、放っておけば衛生面に影響を及ぼす。各国政府は、初期の運用目的は達成されたとして相次いでマスクの処分を決定した。
倫理などというのは、人の在り方でどうにでもなるものだ。生命は、身勝手でなければ生き残れない。あとどれくらい、マスクを処分すれば済むのだろう。本当の犠牲は、マスク達ではないだろうか。
「はい、2055クウインス。・・・え?、何?」
エディが怪訝そうな顔でレシーバーをよこしてきた。
「ご指名です」
サヤカは、銃をしまうとレシーバーを受け取った。
「2055クローバー・・・、誰?」
『・・・元気そうね』
それだけ言うと、通信は途絶えてしまった。声は女性だった。
「誰ですか?」
「さあ・・・」
その声に心当りはなかったが、レシーバーをエディに渡してから、サヤカは昨日の事を思い出した。
「まさか、爆破装置を?」
「そうとしか考えられないわ」
「じゃパスコードも?」
「何が目的か知らないけど、面白いじゃない?」
サヤカの目は、不敵に笑っていた。
『処分班、バッテリーパークでマスクによる106発生、至急急行されたし・・・』
「さ、仕事よ」
エディは、景気よくスピンターンをした。
居住区に近いバッテリーパークは、ちゃんと公園の様相を保っていた。遠く霞んでいるのは、右腕を骨折した自由の女神だ。
『衛星追尾、公園南側を海沿いに東へ逃走中』
「エディ、回り込んで」
「了解っ」
沿岸警備隊が使っていたビルの前に車を停めると、二人は行く手を阻むような形でプロムナードを西へ向かった。向こうから、走ってくる小さな影が見えていた。
「エディ」
サヤカの指示に、エディは身を屈めて右手の垣根へ走っていった。サヤカは歩調を緩め、銃を抜いた。
マスクは、防弾装備のサヤカに気づいたのか、走るのを止めてゆっくりと近づいてきた。サヤカは、隠れながらマスクの後ろへ回り込もうとしているエディの位置を確認しながら、その場に止った。
「一応、権利は説明したほうがいいのかしら?」
マスクは、真っすぐにサヤカを見ながらゆっくりと近づいてくる。
「それとも・・・」
サヤカは、ブローニングを灰色の仮面にポイントした。
「ここで処分したほうがいいのかしら?」
なおもマスクはゆっくりと近づいてくる。サヤカは、ハンマーを起こした。
「そこで止りなさい!」
エディが、右手の垣根から飛び出して、マスクの真横で銃を構えた。
「動くな!」
マスクは、その場で止った。
「さあ、どちらがお好み?」
白い作業服に身を包んだマスクの右手が、ゆっくりと上がっていった。
「動かないで!」
「サヤカさん、処分します」
エディの腕の筋肉が盛り上がった。
「待って!、エディ」
マスクは、自分の仮面に手を掛けた。そして、灰色の仮面をゆっくりと剥がした。
「あっ!・・・」
「ばっ・・・馬鹿な!」
もう一人のサヤカは、不敵に微笑んでいた。
「そ、そんな・・・」
サヤカは、力なくその場に崩れ落ちた。マスクは、踵を返して走りだした。
「あっ、・・・ちっ、くそったれ!」
エディは、サヤカの顔を持ったマスクを撃てなかった。エディは、銃を持ったまま後を追った。
「・・・ブルー、あなたの言ってた事は・・・、これだったの?・・・」
海風に、サヤカの全てが揺らいでいた。
・
仕事上とはいえ四六時中顔を突き合わせているわけだから、相棒の異変くらいは察知できる。サヤカがブルーの異変に気づいたのは、一週間ほど前のことだった。処分班に配属されて一年が経ち、処分したマスクは百体以上に及んでいた。
ブルーは、サヤカより少ししか歳は離れていないが、手練な仕事ぶりは風格さえ感じさせる。射撃の腕も超一級で、マニューリンの六インチリボルバーを愛用する。
「顔色が悪いわね、どうしたの?」
ブルーは、サヤカの問いにいつも決まって顔の前で手を振るだけだった。連日百度を超える猛暑のせいもあるが、それはサヤカとて同じことだ。
衛星監視班から、クイーンズ北部のフラッシングで多数のマスクが集合していることが確認され、近隣の処分班と合同で対処することになった。ブルックリンの1961分署、ブロンクスの2094分署、空港警備隊や沿岸警備隊からも動員がなされた。
「サヤカ、なぜマスクには男しかいないか知ってるかい?」
突然の質問に、サヤカは言葉を濁した。
「マスク同士で子供をつくらせないようにするためさ」
彼の意図がわからなかったので、サヤカはただはにかんだ。笑ったほうがよかったのだろうか。
「冗談みたいだけど本当なんだよ。純粋なクローンの生理機能は、人間と全く同じだからね」
「でも、マスクと人間なら、できるんじゃないの?」
言ってからしまったと思ったが、ブルーは横目でサヤカを見ながらほくそ笑んだ。
「サヤカ、マスクにはね、・・・ないんだよ」
サヤカは、それ以上聞かなかった。普段あまりふざけない彼が、まるで覇気のない自分をかばうように今日は饒舌だった。
車は荒れ果てたクイーンズを疾走していた。弾道ミサイルの落ちた穴を避けるように、仮設のハイウェイが通っている。クイーンズの復興は相当かかりそうだ。
マスクの集団が確認されたのは、閉鎖されているラ・ガーディア空港の近く、シェアスタジアムの辺りだ。
「野球でもやろうってのか?」
1961分署処分班のピーター・J・ローレンス刑事が全体指揮を取り、マスクの処分を行なう。サヤカは、彼らの装備を見て驚いた。
処分班とはいえ、ある者はショットガン、ある者はサブマシンガンなど、重火器を携帯している者がほとんどだった。ハンドガンはサヤカ達だけである。
「彼らは委託されている民間人さ」
「民間人?」
「マスクでも、人間のなりをしているものを撃つには抵抗がある。いくら警察の仕事でもね」
だが彼らの表情を見ていると、どこか楽しそうな感じさえ思えてくる。
「処分班は、配属されても長続きしないのが現状だ。警察が行なうべき任務ではないという声もある。だから、各分署で民間に委託しているところが増えてきているんだ」
サヤカは、眉を顰めた。
「それって、合法的な人殺しじゃない?」
「サヤカ、マスクは人じゃない。人に似たものだ。マスクを人と思えば、もう俺達は何もできなくなる。いつも一発で仕留めろと言っているのはそこなんだよ」
「わかるけど・・・」
「確かに、あいつらは処分を楽しんでるかもしれない。でも任務には忠実だ。何の迷いもなく、マスクを処分していく。それも一つのやりかただと思うんだ」
ブルーは、いつになく優しく微笑んで、サヤカの肩に手を置いた。
「迷うなよサヤカ。自分をしっかり持っておかないと、迷った心にマスクが取り憑いて、何もかもごっそり持っていかれるぞ。気を付けろ」
ブルーが行方不明になったのは、その次の日だった。
・
「に、逃げられました、サヤカさん」エディが、息を弾ませながら帰ってきた。
「そう・・・」
「だい・・・、大丈夫ですか?」
サヤカは、座り込んだまま虚ろな目をしていた。
「サヤカさん!」
エディは、サヤカの両肩を掴んで揺すった。
「え、ええ・・・、署に戻りましょう・・・」
サヤカは、顔を手で覆うように何度も擦った。車に乗り込むと、背を丸くしてシートに深く身体を預けた。
エディも、先刻の出来事を頭の中で反芻していた。例え自分に非があるにせよ、相棒の顔をしたマスクを処分できるわけがない。
無線の呼び出しに、サヤカは身じろいだ。
「待って、・・・あたしが出るわ」
エディは、取ったレシーバーをサヤカに渡した。
「はい、2055クローバー・・・」
『・・・ごめんなさい、ちょっと悪戯が過ぎたみたいね・・・』
「誰なの!、目的は何!」
『目的?・・・ただあなたに会いたいだけよ・・・』
「会いたい?・・・」
『会ってくれる?』
「・・・状況によるわ」
『うふふ、そうくると思ったわ。・・・じゃ、その気になったら、ライカーズまで来て』
通信はそこで途切れた。
「・・・サヤカさん、まさか行くつもりじゃないでしょうね?」
サヤカは、微笑みで答えた。
ラ・ガーディア空港の北にあるライカーズアイランドは、島全体が刑務所になっていた。今はもう使われていない。
「もしあたしが帰らなかったら、その時はあとをよろしくね」
「サヤカさん!」
「大丈夫よ。これでもプロなんだから」
歯痒そうなエディを残して、サヤカはライカーズに向かった。
サヤカは、心の奥にある釈然としない何かが解決できそうな気がして、ここへやってきた。何かがずれている。ずっと前からそんな気がして仕方がなかった。
監獄棟の前に、マスクが立っていた。
「・・・来てくれたのね」
「・・・ええ」
サヤカは、ホルスターから銃を抜いた。
「あたしを殺すなら殺していいわ。できるならね」
マスクは、ゆっくりと仮面を取った。サヤカは、舌打ちをした。
「ほんと・・・まるで姉妹ね・・・」
仮面の中から現われたのは、サヤカ自身だった。まるで鏡のように、違うのは真似をしてくれないことだけだ。
「あなたは、誰なの!?」
「あたしは、あなたのオリジナルよ」
「オリジナル?」
「・・・サヤカ、あなたこそクローンなのよ」
サヤカは、目の前の虚実にケリをつけるつもりだった。例えそれが間違いでも。
「ふっ、何を言いだすかと思えば・・・」
サヤカは、銃を構えた。
「ややこしいのよ、死んでくれない?」
トリガーを引く指に、力が入った。
「待て、サヤカ!」
それはブルーだった。
「ブルー!?、どうしてここに?」
「サヤカ、私の話なら聞いてくれるか?」
「・・・いいわ」
サヤカは、銃を下ろした。
「彼女の言うことは、残念ながら事実だ。君は第二世代のクローンなんだ」
「第二世代?」
「そうだ。終戦末期に開発された、セカンドクローンなんだ。そして、今地上で活動している人間も、全てセカンドクローンなんだ」
「どういうこと?」
「セカンドクローンが、終戦間際に人間から世界の覇権を奪い取ってしまったのだ。我々は、マスクと呼ばれるファーストクローンとともに地下に逃れた。しかし、セカンドクローンは処分と称して地下に逃れた我々を探し始めたのだ」
サヤカは、全身の力が抜けていくような感じがした。
「我々には反抗する術はない。しかし、セカンドクローンは寿命が設定されている。その寿命が尽きれば、再び覇権は我々のものになる。だからそれまで、なんとしてでも生き延びなければならないんだ」
「寿命?・・・」
「あなたを助けたいのよ、サヤカ」
もう一人のサヤカが、手を差し延べながら言った。
「あなたを初めて見たとき、正直言って恐ろしかったわ。自分のクローンが存在しているなんて。でもね、自分の分身であるあなたを、放っておくことはできなかったの。ねえ、あたしたちと一緒に来ない?」
「え?・・・」
「サヤカ、私達と一緒に行こう。このままでは、君はあと数年で寿命が尽きてしまう。こっちにはセカンドクローンを開発したスタッフがいるから、なんとかなる。サヤカ、一緒に行こう」
サヤカは、自分の境遇に愕然とした。自分がクローンだとは、そして人間を殲滅しようとしていたとは。サヤカの中で、何かが音を立てて崩れていった。
「ブルー・・・」
サヤカは、ゆっくりと歩き始めた。後ろの守衛棟の影から、誰かが走ってきた。
「ややこしいんだよ、死ね!」
監獄棟の前の二人は、銃弾を浴びて倒れた。
「間に合ったな、サヤカ」
その男は、目深に被っていた帽子を取った。
「ブルー!?」
男は間違いなくブルーだった。無精髭が顔を多い、少しやつれたような顔をしているが間違いない。彼は、マニューリンをホルスターに戻して、サヤカを抱きしめた。
「本当にブルーなのね」
「ああ、本物だよ」
「でも、ブルー、じゃ、あいつらは・・・」
「あいつらこそ、セカンドクローンさ」
サヤカは、振り向いた。粘度の高いクローン用の体液がどろっと流れ出していた。
「俺も危うく騙されるところだった」
「どういうことなの、ブルー」
「奴らは、人間の記憶を欲しがっていたんだ」
「記憶?」
「ああ。自分達をより高度なものへと進化させるために、俺達の記憶を使おうとしたんだ」
「進化?、クローンが?」
「ああ。戦闘用に開発されたセカンドクローンは、終戦に間に合わず五体が試験的に製造された。しかしこいつらは、製作者の想像を遥かに超えたシロモノだった。奴らは人間を敵と認識し、世界の覇権を握るべく地下活動を始めた。マスクを利用してな。だが、政府はこのことを公表しなかった。マスクの処分のついでに、奴らの捜索を目論んでいたようだが、奴らはそんなに馬鹿じゃない。それどころか、先刻のサヤカのように人間を混乱させて自我を失わせ、仲間に引き入れて研究材料にしていたんだ」
「ブルーもやられたの?」
「ああ。賭けだった。確かに、一時は自分がクローンじゃないかと、本気で思わされたよ。でも、自分が人間であろうとなかろうと、ここにいることは紛れのない真実だ。そう思ったら、自分が二人いるということがやけに腹立たしくなって、目の前の自分を撃ったのさ。奴らは驚いて逃げていったよ」
「そう・・・」
「人間は、とんでもないものを造っちまったようだな」
二体のセカンドクローンは、どうやらその活動を停止したようだ。
「サヤカ、一緒に来ないか?」
「え?」
「ワシントンに、新しい警察組織ができるんだ。恐らく、これからセカンドクローンは人類の大きな脅威になる。一緒に戦わないか?」
「ブルー・・・」
「サヤカなら、できるさ」
サヤカは、ブルーの腕を解いた。
「・・・ねえ、あなたは、本当にブルー?」
「何を言うんだサヤカ、俺だ、ブルーだよ」
「本当に?」
「サ、サヤカ!」
サヤカは、恍惚の笑みを浮かべて銃を構えた。
「・・・もう何も信じられないの。ねえ、どうしよう・・・」
「や、やめろサヤカ!、やめ・・・」
血飛沫が、辺りを真っ赤に染めた。
「あ・・・、本当だった・・・、あはは」
サヤカは、頬を伝う血を舐めた。
第3回まんが&ムービーオリジナルストーリー・ハリウッド賞
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